横浜女が滋賀で主婦する

日常系無責任ブログ。壁打ちスタイルでやってます。

どんな関係の人とも、こういう部分ってある

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なんでもない話を書くよ。 

 

ここ最近の、この記事(わたしは「流行」に「疎い」)と

この記事(京都万華鏡ミュージアムに行ってきました。手作り体験もあるよ!)に登場した『友人』は、同じです。

 

どちらも大学時代のお友達。

華やかでキラキラしてて、正直、性格というか、趣味はけっこう違うと思う。

「流行に疎い」の記事の中では、「陰と陽みたいなもの」とまで書いた。

もしかしたら、読んでくれた方は「無理して友達でいなくていいのに…」と思ったかもしれない。

 

「友達やーめた!」は、できなくない。

毎日学校や職場で顔を合わすような仲でもなけりゃ、自然に、簡単にできるような気がしてしまう。

教室という空間を脱した大人になってみると、むしろ「意識的に友人関係を継続する」場合が多いのではないか。

 

(もちろんそれは難しいことじゃなくて、

「最近どう?」と連絡してみるとか、

「ご飯食べよう」と誘ってみるとか誘われたら受けるとか、

もっとライトならSNSにいいねをつけるとか、その程度のこと。

そしてこれらをしないことを継続すれば、簡単に「疎遠」が出来上がる。)

 

実際に「もう絶対付き合いたくない、関わらない、許さない!」と

わたしのブラックリストにいれた人間はいる。

客観的に見た「されたことの大小」に関わらず、

わたしが許さないと思ったらまじで許さないし、

あらゆる「社会」で生きていく面倒さのために一見は水に流したようにふるまっても命ある限り忘れないし、

たとえ「久しぶりに××のみんなで集まろうぜ!」等やむをえず顔を合わせることになってへらへら世間話をしたとしても腹の底には氷を入れているし決して気を抜かない。

おおたは基本、マイナスの感情をバネに生きてるところがある。

 

そんなこんな

「おおただって人間関係の整理ぐらいある程度自分でできるし、することはある」

と書いたところで、

前の記事にでてきた友人の話に戻す。

特にここで話したいのは、前の記事で言うBちゃん。

Bちゃんというのも味気ないし正体が分かりにくいので、この記事では「可愛いCAちゃん」と呼び直したい。

 

可愛いCAちゃんは、とにかく可愛い。

顔面が可愛い。

すっぴんは眉毛がないし黒目カラコンもしてるけど、それを差し引いても素材がいい。

可愛いだけじゃなくて、ノリもいい。

学生時代、サークル男子はこぞって可愛いCAちゃんをちやほやした。

中高を女子校で過ごしたおおたは、男女が共生する社会において、

女の外見がここまで生きやすさ生きにくさに影響を及ぼすのかと思い知った。

 

そして可愛いCAちゃんは、けっこうお嬢だ。

お金に困ってない。全然困ってない。

大学にはイニシャルを入れたヴィトンのバッグで来ていたし、

横浜のすごくいい場所のタワマンが実家で、犬と一緒に山下公園で早朝ジョギングをするような眩しいお嬢さまだ。

上流っぽいお店もたくさん知っている。

 

そして可愛くてお金持ちという生まれ持った幸運だけでなく、

賢くて、目的のための努力もできる人間だ。

中途半端でふわふわしたESで就活に落ちまくったわたしとは違って、

ここでの仮名の通り、立派にCAを務めている。

(上流にコネはつきものだけど、就活の時期「某商社のパン職ならコネがあるからってパパに言われたんだけど…」と言って悩んでいたので、航空会社は実力で入っているはず。)

英語もできる。こういうスペックだと帰国子女っぽく思えるけど、そうじゃないのに英語ができる。

普段はテンション高めにケラケラ笑って、お気楽に恋バナしてるけど、

昔から意見を言うべきところはしっかり言える。し、そもそもちゃんと自分の意見を持てる人ということ。

 

いいところをたくさん述べたけれど、つまりビンビンにわたしのコンプレックスを刺激する子だ。

わたしも頑張ろ!とか、そういうことじゃない。

学生時代、わたしが好きだった男の子は彼女のことが好きだったし、世の中にはどうしようもないことがたくさんある。

 

例の記事の中で「流行を知っててなんぼ!キラキラ!クリエイティブ!」みたいな話をされたときも

「はーやれやれ、違う人生を歩んでるなあ」と思ったものだ。

 

でもこの小旅行中、「やっぱり彼女には敵わないなあ」とも思わされた。

それは、顔面の可愛さとか、実家の財力とか、目標や夢を掲げて行動する力についてとか、そういう比較での「敵わない」ではなくて、

言い方を変えると「あんたのそういうところが好きだよ」とかCAちゃんにはこんな風に助けられてきたな」とか、そういう意味合い。

だからわたしは彼女といる。

学生時代のようにはいかないことも増えたけれど、彼女も同じように思ってくれているうちは、友人関係は継続するんだと思う。

 

万華鏡の記事に書いた通り、CAちゃんたちが東京から関西へ遊びに来てくれた最終日、残念ながら大雨だった。

予定が狂ってしまって、「いろいろ案内しなければ」と意気込んでいたわたしは、焦るどころか不機嫌になっていたと思う。

 

可愛いCAちゃんは電車の来ない滋賀の田舎駅のホームで、

悠然とベンチに座り「まあ、お団子でも食べて」とパックを広げたのだ。

 

なんてことはない。

なんてことはないんだけど、CAちゃんのこういうところが好きで付き合ってるんだよなあと思った出来事。

 

誰かにとってわたしも「おおたのこういうところに助けられてるなあ」って、

思われる存在でいたいなあと考えた。

 

そもそもそのお団子、いつの間に買ったの。

さっきの観光案内所で買ってたの?

東京の誰かへのお土産用だったんじゃないの?

CAちゃんが琵琶湖テラス行きたいって言ったんじゃん、がっかりしないの。

 

いろいろ言葉が浮かんだし、

気づかれない程度にうっすら涙も浮かんだんだけど、

「ありがとう」とだけ伝えて、きなこたっぷりのお団子を食べていたら

ぜんぶ「まあいっか」と思えるようになった。

 

 

 

ではね |ω°)ノ