はましゅふにっき

横浜女が滋賀で主婦する日常系無責任ブログ。壁打ちスタイルでやってます。

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金ロー「未来のミライ」感想(1/2) この、置いてけぼり感

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見たことないので金ロー初放送は一応楽しみにしてました、「未来のミライ」。

公開当時の評判があまり良くない印象(賛否両論?)だったので、期待はせずのぞみましたが、

「なるほど、これは…」という感じ。

 

(本編ノーカットは名言されてましたが、金ロー版なのでエンドロールは観れてません。)

 

この先の感想文は基本、くんちゃんの言う「好きくな~い」という感情をベースにしてます。

本作を好きな人はごめんなさい。

 

リアルタイム放送と、自分の中のモヤポイントを確かめるために録画で二周目も見ましたが、

二回見てもプラスの感情までは持っていけなかったです。

 

 

ネタバレ込みです。

思いついたことを箇条書き的にぽろぽろ書きます。

未見の人には不親切な部分がたくさんあるので、ご了承いただける方のみ。

 

(あらすじ等は公式さんからどうぞ)

mirai-no-mirai.jp

 

また、他サイトにあるような「解釈」「考察」「解説」は書いてません。

以下、すべて個人の「感想」文です。

 

ということで、好きに書く

 

まずは、よかったところから。

細田作品ではいつものことですが、メインキャラの声を、本職の声優じゃなく芸能人がやってます。

ツイッタとかをざっと見た感じ、「主人公の4歳男児の声が上白石萌歌ちゃんってのは無理がある」って言われてたけど。

おおたは割と自然に受け入れました。

まわりに4歳男児いないから本来どんな声か知らんっちゅーのもありますが、むしろ演技とかよかったじゃん?って思う。

そりゃ、普段から男児やってる声優さんとか、子役を使うっていう解もあったとは思うけど。

悪くないと思うな。

 

ミライ以前にヒットした、君の名は。に対抗したキャスティングかな、とは思ったけど。

あちらは上白石(姉)が三葉ちゃんをやってるからね。

 

劇中ほんの一瞬のシーンなんだけど、お父さん役の星野源の鼻歌はすごくよかった。

家事しながらずっと鼻歌うたっててほしい。

家事に熟練してきた鼻歌お父さんを映しながら、あらゆる家事テクを2時間紹介し続けるってのはどうか。もうそれが本編で。

需要はある、絶対。

 

福山雅治演じる、ひいじいじ(の若いころ)も、めちゃくちゃよかったですね。

片脚(股関節?)を悪くしていて、あんなに馬に乗れるのかしらってのは気になったど、まぁ怪我以後に乗馬覚えたわけじゃなさそうだからなんとかなるんかな。

とにかくひいじいじが格好いいです。

格好いいし、ここのタイムトラベルパートだけは、ぐっと「意味がある」仕上がりになってて満足できる。

 

遺失物係さん。

謎の東京駅のシーンで出てくる重要キャラですが。

デザインが絵本っぽくて可愛いし、何より話し方というか、フラットなマニュアル対応感がすごく好きです。

声質は優しいけど優しくはない。

淡々としてるから怖い大人じゃないけどその「一定さ」に人間味はない。

不思議なキャラクターですね。まぁ何より声がいいですね。

wiki見ると、これも声優さんじゃなかったのか~。

 

遺失物カウンターだから「何を失くしましたか?」って聞いてるのに

「迷子になったの」ってとんちんかんな返事するくんちゃん。

追い返すのかなと思いきや、

「では失くしたのは…『自分自身』というわけですね。」

って言うところ大好きです。

な~に「うまいこと言ってやったぜ」的にメガネクイッとしてんのよ。

真面目な顔してお茶目かよ。

 

東京駅のシーンは、あの不思議な駅の作り込まれ方と、

他人の「迷子のお知らせです」アナウンスに自分のことかと期待して「はいはいはいは~い!」って両手をあげるくんちゃんは可愛くてよかった。

コインロッカー前で、おとなしく紙パックジュース飲んでるくんちゃんも可愛かった。

くんちゃん可愛いのにな。終わりごろにやっと可愛いと思えたわ。

 

ということで、星野源と福山雅治と遺失物係さんのおかげで、

「二時間大損した」とまでは思わずに済みました。

よかったところおわり。

 

好きくないところ、モヤるところ

くんちゃんの台詞に何度も出てくるから「好きくない」という表現を使ってみましたが、

そもそもこの表現が「好きくな~い」ですね。

劇中では幼児だけが言う言葉だし、意味は通じるし世の中でも多用されてるし、目くじらたてて訂正するほどのもんでもないけど。モヤる。

 

それにしても、あのバリアフリー度ゼロの家はなんなの?匠の家か?

たしかに両隣の家を見ても、段差がある土地ではあるっぽいけど。

乳幼児にも、老人にも向かない家だなあって思う。おしゃれだけどさ。

特にあの、狭くて長い玄関の階段はどうにもならない。

プライバシー空間も少なそう。壁、ちゃんとないよね。

思春期のくんちゃんたちの部屋はどうしたのかな。

ガラス張りの部屋はカーテンつければなんとかなるか。

段々の家を活かした、おもしろい画もあったけど。

自分が住むには考えちゃうな。

 

舞台が横浜なんですよね。

前知識はなくて、冒頭の引きの景色で「耳をすませばの最初みたいだな~」などと油断して見ていたのですが、

ちゃんと「海と…あの建物は…ランドマークタワーでは!?」って気づいた自分すごい。はまっ子アイデンティティ。

その後、また引きの景色とともに船の「ボーッ」ていう汽笛の音まで聞こえて確信した。

一応台詞でも、孫に会いに来たじいじが「横浜はあったかいね~」って言うシーンがある。

あとばあばが「また新幹線で会いに来るね」って言うシーンもある。

どこ住んでるんだろう?

 

ひいじいじが住んでいたのは、くんちゃんが自転車を練習する公園から見るのと同じ建物が映るので、明らかにそう遠くない場所なんですよ。

ということは、ひいばあばの実家(か、勤め先?)である「池田医院」も近いはず。

小さいころのお母さんは、この池田医院に徒歩で行ける家に住んでいたから、これまた横浜界隈だと思うんですけど。

そこから「新幹線で来るね」と言わなきゃいけないような土地に家族ごと引っ越して、また娘だけ横浜に嫁いでカムバック?

「病院にひいばあばも見に行かなきゃ」って、どこの病院?

横浜?それとも新幹線で行かなきゃいけない自分たちの傍に入院させてるの??

ねえ!!教えてよ!!どこ住んでんのよ!!?

(まあ、こんなの本筋に関係ないのは百も承知)

 

くんちゃんにイタズラされたくないなら、もっと高くて柵のあるベビーベッドぐらい用意すればいいのにと思う。

二人目が生まれた時の、長子の寂しさというのは、まぁどこででも言われることだけど。

くんちゃん目線で見ていると、あまりに理不尽で寂しくて、最初30分くらいめちゃくちゃキツかった。

(なお、不快度が多少弱まるだけで、30分を過ぎてもこのスタンスは続く)

お願いだから…かまってあげてくれよぉ…。

 

おおたは二人姉妹の、妹なんですけどね。

もしわたしが大人になってから、くんちゃんと同じころの姉に会えるとしたら、めちゃくちゃ遊ぶよ。可愛がるよ。

まったく個人的な話に入りますけど、わたしは母親に「お姉ちゃんより甘え上手だよねえ」と言われたことがあって。

自覚はある。近距離別居の祖父に取り入るのもうまかった。

もちろん、孫としてサービスもたくさんしたつもりだけど。

祖父の説教なんて(夜は早く帰りなさいとか、挨拶はだいじだとか、もっと食べろとか、)

「うん、そうだね~」で済ませればいいのに、お姉ちゃんはいちいち「そんなの分かってるってば!」ってつっかかって、馬鹿だなあと思ってた。

だから母親から「甘え上手」と言われたときも、暗に姉を甘え下手と言っているのも、

性格だからしょうがないよねと思ってた。

でも、大人になってから母親はさらにいろいろ振り返って言うようになった。

「おじいちゃんは、はじめ初孫のお姉ちゃんをベタベタに甘やかしたんだけど。あんたが生まれてから、手のひら返したように厳しくなって、可哀想だったんだよ。」とか。

祖父に預けられることの多かったわたしは、しょっちゅう「おねえちゃんがぶった!」とか「いつもジュースとってこいって命令する!」とか、

姉の(当時のわたしにとっての)悪行をさんざん祖父にチクっていた。

母親による「祖父の手のひら返し」が明かされたとき、もはや青ざめたね。

わたしの甘え上手は、姉の犠牲の上に成り立っていたんだ、と。

父も母も長子で気持ちは分かるから、できるだけフォローに努めたとは言っていたけど。

後に生まれただけで天下をとったような顔をしていたわたしを、(どこまで意識的かは別にして)さぞよく思っていなかっただろう。

お姉ちゃんだから我慢しなさい、お姉ちゃんだから優しくしなさい、等々、

言われて気持ちいいことなんて何一つないだろうなって、今ならちゃんと分かるんだけど。

 

だから言わないであげてほしい!!!くんちゃんにも!!

もうヤメテ~って思いながら見てしまう。

「赤ちゃん返り」って名前つけて片付けないで!って。

わざわざ未来からきたミライちゃんも、「わたしで遊ぶな」とか「ぶたないで」とか、母親と同じことしか言わないし。

もちろんね、お母さんにも、苦悩は見えるんですよ。

「また怒っちゃった」って呟いてたし。

でもくんちゃんが最後までたいして変わらないのと一緒で、両親も変わってないように見えるんだよね。

寝てるくんちゃんに「わたしの宝物」ってキスしてるシーンなんて、

「とってつけたように(笑)」って思ってしまった。

つーかそれ、起きてるときに言ってあげてよ。

 

母親の幼児期にタイムスリップしたときは、まぁクソガキだなとは思いつつ、

「お菓子食べるんだ!?」ってびっくりしちゃった。

タイムスリップ先でものを食べる、ってけっこう重要な演出の気がしてしまうんだけど、さらっと食べてた。お菓子。重要じゃなかった。

 

父親もさあ、自転車乗れるようになった息子を見て

「子供って、誰に教わったわけでもないのにできるようになるんだね…」って涙ぐんでるんだけど。

いや!そうだけど!そういうときもあるけど!てめぇがちゃんといろいろ教えてやれよ!って。

父性が完全にひいじいじに持っていかれてる。それでいいのか。いいのかおまえは!!

ファミリーツリーの描写も、「お父さんは昔自転車に乗れなかった~」ってだけでさらっと終わるし。

画面に出ている時間は多いし、悪いキャラじゃないのに、イマイチこう、見ている人間に爪痕を残せないんだよね…。

そりゃ鼻唄はよかったけどさ…。

 

そういえばこの家族、やたらアルバム見てるんですけど。

最初の方に出てくるアルバム、なんなの?って突っ込んじゃう。

節目節目にちゃんと写真を残してる家庭っぽいけど、

だとしたらあんな風に1ページめくって即中学→高校なんてあるわけない。

親世代まで振り返れば、何冊にも何冊にもなるはずだ。

あれは家族のベスト盤か何かなのですか?

思い返すと、父親と母親の出会いはこのアルバムで一枚の写真で説明されたっきりだな。

ひいじいじとひいばあばの求婚譚が魅力的なのは分かるんだけど、

もっと身近な家族史も教えてくれよ。

 

さらに、アルバムを見ながらひいじいじの説明をするお母さんの言葉が幼児向けじゃなさすぎる。

「徴兵されて~」とか「特攻隊に~」とか、くんちゃんに分からせる気ある?

わたしたちへの説明だとしたら、別に要らないですし。

ひいじいじ自ら、引きずる片脚をくんちゃんに指摘されて

「戦争のとき乗ってた船がひっくりけぇってな」って言ってるし。それで十分です。

それにしてもひいじいじの訛りはなんなの?

いくら昔の横浜が田舎でも、そんなになまる?

一人称「おら」とか、語尾の「~だに」とか。

 

と、思って調べたら、上田弁だそうで。

サマーウォーズでも舞台にした、細田さんお得意の土地。長野県上田。

(これはひいばあば役の方の過去ツイだけど、福山さんも録音された上田弁の台詞を聞いていた、というエピがでてきた)

 

 

は~…?

ひいばあば達は、上田の人だったの…?

じゃあお母さんの実家は元から上田?だから新幹線?池田医院も?

そこはやっと繋がったけど…。

せいぜい三十代であろうお母さんの幼少期の街並みが、やたらレトロなのも田舎なら納得。

じゃぁ、ひいじいじとの海岸線ドライブは?

戦争とか仕事の関係で神奈川にいたけど、戦後落ち着いたころに里帰りしたって感じ…?

(さっとぐぐったところ、小説版ではあのひいじいじの爆撃シーンは『横須賀』とちゃんと書かれてるらしい。

なるほどね、怪我人が泳いで生きて帰れる場所なのか?と疑問だったけど、

海外まで行ってたんじゃなくて、横須賀港で空襲に遭ったならギリなんとかなりそうか…。)

 

まったくの余談ですが、おおたは今、感想文を書くための二周目視聴時にとったこのメモをもとに書いてます。

(プラス、横で録画流して気になるシーンにはその都度とんでいる)

 

アニメ的表情についてメモをとってますね。

細田作品久しぶりに見たから、こんな顔芸する作風だったっけ~って驚いちゃいました。

これは別に、悪いところじゃないけど。

特に前半多かったかな。お雛様のくだりとか。

 

それにしてもお雛様のくだりはなんだったんでしょう。

ギャグパートとして、子どもには受けたのかもしれないし、多少はクスッとしたけども。

今でも「しまい忘れると婚期が遅れるなんてw」って言ってるのに、未来のミライちゃんが気にするかしらね?

それも、婚期にはまだ早そうな、十代のミライちゃんが?

そりゃぁ、ゆっこはいい味出していたけど…。

 

そう。ゆっこ(犬)!

今さらこの話しますけど、擬人化ゆっこの尻尾を奪って自分のおしりに挿すくんちゃん、監督の性癖爆発すぎて無理でした。

思い出したわ、予告でここが流れてて、ドン引きしたんだ。

赤ちゃん返りどころか、獣レベルになって暴れちゃうよん、という描写らしいけど、

もうほんと、ショタケモナーいいかげんにして!としか。

そもそもなんで、ゆっこの尻尾がそう簡単にとれるんだよ。とれてたまるか。

 

メモを見ると、「命名 未来」の紙を見て、あの家に習字セットがあるのかも気になっていたようです。

今どきの夫婦の家に、なかなかないと思うけど。

wiki読むと、「くんちゃん」の名前は「訓」らしいですね。

そんな凝った名前を付ける夫婦が、妹には「未来」なんて普通の名前つけるかな、というのも気になった。

この辺は細かいことすぎるし、まぁそういうこともある、か。

 

「メイちゃんじゃん!?」というメモがありますが。

そうですね、くんちゃん、メイちゃんでしたね。

具体的に言うと、自宅でお仕事をするお父さんの机に、お菓子(おっとっと)を並べるシーン。

あれは明らかに、トトロのメイちゃんが「お父さんお花屋さんね!」って父の机にお花を並べるシーンのオマージュ。

庭から聞こえる愉しそうな声を聞いて、お父さんがほほえむターンもトトロと重なる。

う~ん…『未来のミライ』は、『トトロ』なの…?

(この辺は細かいところ突っ込み終わったら後述したい)

 

最後の、車に荷物積みながらお父さんとお母さんが会話するシーン、

すごく嫌いです。

なんか嫌。すごく嫌。

そもそも冒頭から、ある疎外感があって、それはストーリーが進むと自然と薄れていったんだけど、最後にまた叩きつけられた感じ。

 

姉のエピソードぐらい個人的な話だけど、おおた夫妻には子供がいません。

結婚三年目だし、考えてはいます。

考えるだけじゃなくて、やれることやってるし、やることもやってます。

でもこればっかりは、注文すれば手に入る類じゃないからね。仕方ないね。

 

ド頭の、妊婦時代のお母さんが腹だして写真に写ってるのとか、エコー写真とか、

「うわあ…」って思った。

ちょうど、なぜ母親になった友人たちはみな、親族でもないわたしにエコー写真や、宇宙人にしか見えない生まれたての写真を何枚も送り付けてくるのだろう?と辟易していたところで。

退院後の登場シーンで、赤ちゃんを「お姫様」呼びしてたのも、あーあーイッちゃってんなと思ってしまった。

 

そういう、(たとえ友人でも)興味のわかない、幸せな他人の家族写真やホームビデオを見せつけられてる感が、この映画にはある。

特に、最初と最後にこの空気を持ってきてしまったことが、より失敗。

他人の幸せのサンドイッチ。美味いか?美味いと思えるのはな、自分が幸せな証拠だよ。

 

というわけで、車での「お互い子どもたちのおかげで変わったねウフフ」の会話、すごくなんか、アレだった。

子育てをしないと人間は成長できない、とでも言いたいのかな?と。

(大変ひねくれた見方は承知だけど、そうともとれるでしょう。)

 

主観がくんちゃんとはいえ、大人の視聴者として彼目線に全振りもできないし、

かといって親側にも感情移入できない。

この、置いてけぼり感。

わたしはこの映画のターゲットじゃない、という確信。

 

そんなことないよ!自分がいる限り親もいるわけで、

おじいちゃんもひいおじいちゃんもひいひいおじいちゃんもいる!

そういう話じゃん!この話を愉しむ権利はある!

って脳内のわたしがフォローするけど、

「え?でもわたしの世代で、樫の木枯れるかもしれないね?」って冷静な自分が言う。

 

まるで産めよ殖やせよのお大臣の演説を聞いてる気分。

子どもを産んだ人だけが、この映画の醍醐味を味わえるのかな?

独身の人が見たら、逆に何も考えないの?

そもそも子持ちが見れば楽しかったり、じーんときたりするレベルに仕上がってるの?

 

もちもろん、家族の絆がどうとかは、ほかのファミリームービーでもありがちなテーマなんだけど。

ここまでの疎外感を味わったことは無いですね。

 

個人的な属性からの感想や、細かいつっこみを終えたら、

もっと核にあるような気になる点を書きたかったんですけど。

あまりに長いので今日はここまで。

2/2へ続く。

 

 

ではね |ω°)ノ