横浜女が滋賀で主婦する

日常系無責任ブログ。壁打ちスタイルでやってます。

「プーと大人になった僕」感想 それは風船よりも大切なこと?

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観てきました。ネタバレを含めてつらつらと感想を書きます。

あくまでわたしの頭の中に浮かんだことを書いているだけなので、

「情報」を求める方は公式サイトなどをご覧ください。

 

結論としては「とても良かった!」と思っています。

 

ダイレクトに本編感想だけ読みたい方は、目次から飛べますのでどうぞ。

 

 

混雑具合レポ

 

9/15(土)、公開翌日に観に行きました。

今回は京都のTOHOシネマズへ。

 

その日一番最初の字幕版上映、11:00~の回を旦那くんと観に行ったのですが

すごく空いてました…!

だいじょうぶか…?

 

おおたはだいぶ前に映画館で本作のチラシを見たときからわっくわくだったのですが

世間的にはそんなに期待されてないのかな…?

 

字幕で見たくて

 

今回、どうしても字幕で観たかったんです。

いつも行く近場の映画館は吹き替えしか上映してなくて、

「これだからクソ田舎は!!!!」と憤怒しました。

 

予告を観るに明らかに大人向けなので、まさか吹き替えしかやらないとは思いませんでした。

 

数件しかない滋賀県内の映画館が字幕全滅だったので、

仕方なく京都の映画館まで幅を広げて探したのですが、

それでも字幕版は無かったり、やってたとしても明らかに回数が少なかったりしました。

 

そもそもどうしておおたが字幕にこだわったかと言いますと、

まず、主演がユアン・マクレガーであること。

おおたにとって、彼は「顔と名前の一致する、数少ない海外の俳優さん」です。

すんごいファンで全作見てる!というわけではないのですが、けっこう好きなのです。

 

そして二つ目は、その主演の日本語版が堺雅人さん吹き替えだということ。

誤解が無いようにしておきたいのですが、堺さんが嫌いなわけではありません。

 

近所で吹き替えしかやってないと分かったとき、

まぁ遠くに行くのは面倒だし、仕方ないかなあ…と妥協しかけました。

念のため、と思って吹き替え版の予告動画を探したところ、

あまりにも堺雅人さんの地声すぎて「これはちょっと…」と。

いつもなら海外俳優さんの知識なんてないのに、下手に「ユアンの声はこう」と知ってしまっていたのも裏目にでました。

 

プーの声や、途中途中のちょっとした歌(ミュージカルではないので、途中ちょっと動物たちが楽しそうに口ずさむ程度です)は、

日本語の方が聞きなれていて落ち着くだろうな~とも思ったのですが、

主演がこれではちっとも話に集中できなそうだったので、何が何でも字幕上映を探した次第。

もういっそ、堺雅人さんで日本版実写でもやればいいんでないの?と思ったほど。

 

予告動画の一瞬しか見ていないので、吹き替えとしての演技のナチュラルさとかまでは判断できてません。

でも、ここまで吹き替え上映に偏ってるってのはどうなの?げーのーかいの圧力かなんか?

 

事前知識、過去作についてなど

 

ほんとのほんとの原作は見たことないです。

前から興味はあるんですけど…。

 

ディズニーアニメとしては、網羅はしていませんがそれなりに触れています。

幼いころは、よく家にあったプーさんのビデオを見てました。(VHSです!VHSですよ!!)

「ズオウとヒイタチ」とか「風の強い日」の歌はよく覚えてます。

(ズオウとヒイタチのアニメはまじでヤバイ。

不思議の国のアリス的な、悪夢に寄りすぎたメルヘンというか、おくすり打っちゃったのかな?というか、今のディズニーだとやらないだろうなという感じの映像。)

 

さらに比較的最近、アニメの映画版二作も観ました。

くまのプーさん完全保存版(1977)と、くまのプーさん(2011)かな。

(テレビで見たので、ノーカットではないかも。)

 

完全保存版の方を見た時は、思わずこんなツイートをしています。

 

途中まで今までの短編をつなぎ合わせただけかな?見たことあるエピソード多いな~と見ていたので、すっかり油断してました。

最後の最後にやられた。

 

「何もしない」については、勝手なイメージでプーさん発信の言葉だと思い込んでたのですが

クリストファー・ロビンの言葉だったんですね。(少なくともこの映画の中ではそう。)

プーたちといるときは、いつも彼らのまとめ役で、頼もしいキャラクターではありますが

こんなに大人びたことを言うクリストファー・ロビンは見たことが無くて。

子ども時代の終わりは、ピーター・パンとか、トイ・ストーリーとか、インサイド・ヘッドもそうかな、とにかくディズニーで何度もテーマにされているものだけど

いつも忘れたころにこういった作品と出会うので、何度でもきゅぅんとさせられてしまうのです。

これにきゅんとなるのは、大人の証拠かな。

 

2011年度版については、クリストファー・ロビンのキャラデザ変更に絶句しました。

ええと、どちら様ですか…?

ディズニープリンセスたちが今風にキラキラしはじめたのにも驚いたものだけど、

(顔だけじゃなく、シンデレラやベルの髪型変更が特にショックだった)

もうクリストファー・ロビンについては完全に整形。

ちょっと今風になった、とか、そんな生易しいもんじゃないぞ。

服の感じも、なんかこう、おしゃれ野郎が制服を着崩したみたいだし…。

ただでさえプーについては原作側のイメージと違うってモメごとがあるとかあったとか聞いたことあるのに、

クリストファー・ロビンがこんな顔になっちゃっていいの?って思った。

クリストファーのつぶらな瞳を返して!

2011年度版について皆様に伝えたいのはこれだけです。

 

本編についてつらつら

 

さて、ようやく本編の感想です。

以下キャラクターの台詞についてふれる場合は、

「字幕ベース×わたしの記憶」となるので、ふわっとした感じで受け取ってください。

 

まず過去作の感想でも書いた、クリストファーが「学校に行くから、何もしないをできなくなること」について。

これはきっと本作にも絡んでくるだろうな、と思って録画を見直したし

映画館へ向かう途中、旦那くんにも説明をしておいたのですが

冒頭でこのシーンがほぼアニメ通りにでてくるので、予習がなくても大丈夫でした。

 

森のみんなとのお別れパーティから始まり、クリストファーとプーの「100歳になっても忘れない」という約束。

 

それから、アニメでは分からなかった、学校へ行った後のクリストファー・ロビンについて、

プーさんあるあるのページをめくる演出で、ざっと追っていきます。

 

まさかクリストファーの父親が若くして亡くなってしまうとは…とか

クリストファーが戦争に行くなんて…とか。

素敵な女性と出会って、可愛い娘ができて、という幸せエピソードもあるけど

知らなくてもよかった、なショックも多少ありました。

本編全体から見たら、些細な事ですが。

 

細かい時代設定はよく分からないけど、

ユアン・マクレガーの見た目年齢、「何十年も経ってるのに」発言、娘の年齢(少なくとも戦中に3歳の誕生日を迎えている)、などを鑑みると

原作プーさんの1926年から30年後、いや30年経ってないくらいかな…?と予想します。

(どっかに公式設定が書いてあるかもしれませんがちゃんと調べてません。)

 

あまりにも現代だといろんなことが浮きすぎてしまう気がするし、

現代の街を歩き回るテディベアの地位はTEDが取ってるし、

クラシカルプーの雰囲気を尊重しているという感じもするし、

とにかくこの時代設定のイギリスで大正解だと思いました。

ちょっとレトロなものを見てると目が愉しい、という個人的な好みもある。

 

プーたちぬいぐるみもとても可愛いし、違和感なかったです。

オウルとラビットの作りは「リアル寄り」で、最初だけびっくりしましたが。

あとのメンツは「ぬいぐるみ」として、いつも見ていたあの感じ。

 

ビジュアルよりも、プーたちの設定で一番驚いたのは、

「他人にも見える、たしかに存在するもの」として描かれていたこと。

今までアニメを見てきたおおたの解釈としては、

「ただのぬいぐるみ」をモデルとした「物語(空想)のなかのプーたち」とのお話、という解釈だったのですが。

先ほど「プーあるあるのページをめくる演出」と書いたけど、

ほかにも、洪水のシーンではページのアルファベットが流れていく...みたいな、二重構造を見せる演出がよくあります。

正しいか分かんないけど、「プーたちの世界」と「プーたちの世界を、挿絵と文字であらわした本」で二重、とここでは考えてます。

(映画では、さらにその「本」の外、クリストファーの部屋のぬいぐるみたちまで映すから、三重構造。)

メタ手法?とも言うのかな?

 

でもこの映画では、そういう扱いじゃない。

一緒に行った旦那くん(感想とかあんまりしゃべらないタイプ)でさえも

「プーさんって他の人にも見えたんだね」と言ったほど。

 

ぬいぐるみの姿が見えるだけじゃなくて、

道行くまったくの他人までプーたちがしゃべってるのを目撃するし、

なんなら百エーカーの森にも妻子を連れて気軽に行き来する。

これって結構、攻めたんじゃないかなあ…?

子どもの空想でもないし、チャンネルが繋がらないと行けない不思議な異次元というわけでもないし…。

まあ、元からアニメの森も異次元感はないか…?

 

でもこの「誰にでも見える」設定があることで、

「働きづめでおかしくなっちゃったクリストファーの悪夢」とか

「働きづめでおかしくなっちゃたクリストファーの〇〇療法(セラピー)」とかには

見えず済む。

そういう解釈を残すパターンでもよかったと思うけど、

個人的には今回の「家族とプーたち、みーんな仲良く『今』を共有して愉しむ」大ハッピーエンドが嬉しかったので、これでよかった。

 

プーさんの日常回って、出るキャラ出るキャラ全員ボケなせいでイライラしたり、

これはプーがピュアというより無神経なのでは?と思うエピソードがあったりするんだけど、

今回はあまりイライラしませんでした。

当然「Oh...」と声が出そうになるおばかさんなシーンや、はちゃめちゃなシーンはあるんだけど、

それよりなにより「仕事でおかしくなっちゃってるクリストファー」の描写にハラハラし通しで。

 

彼がやむを得ない状況に追い込まれてるの、見てるこっちとしては分かるんだけど。

それでも、妻子側の気持ちもよーく分かるし…。

 

再会したプーに「僕のことも、もう友達じゃないの?」と聞かれて「そうかもね」と言ってしまったり、

マジのトーンで「馬鹿だな!」と怒鳴ってしまったり。

 

クリストファーのお決まりフレーズ「プーのおばかさん(silly old bear)」って、

愛しさが込められてますよね。

「しょうがないなあ、でもそんな君が好きだよ」みたいな。

1グラムのあわれみを含みながら、小さいおつむのままのプーを愛してる感じ。

 

でも今のクリストファーはプーに、トゲだけの「馬鹿!」を言っちゃう。

悲しい…。

 

プーはね、百エーカーの森でさよなら送別会をしたあとも、

何度も何度も、クリストファーがいつも出てくるドアの前まで、様子を見に行くんですよ。

だってプーの一番好きなことは、ピグレットと手をつないで、クリストファーに会いに行くことなんだもん。

十年経っても二十年経っても、プーたちは変わらないまま、ずっとずっとですよ。

泣いちゃうよね…。

 

それに比べてあいつ、変わったよなあ!と言ってしまいそうになるんだけど、

プーに言わせれば、クリストファーは全然変わってないらしい。

「(見た目が)こんなに変わったのに、なぜ僕だとすぐ分かった?」と聞く彼に、

蜂蜜でベタベタの手でクリストファーの顔にふれながら

「このへん(としかプーは言ってないけど、瞳のことだとおおたは解釈した)は変わってないよ~」って言うプー、もう最高ダーリンじゃないですか。

森のほかの仲間はクリストファーだとすぐには信じないあたり、プーとの特別な友情を感じます。

でもその特別な友達に、もう友達じゃないとか、馬鹿とか言っちゃうあいつ…。(また言ってる)

 

でもクリストファーも、忙殺される中で再会したプーに振り回されながら、

それなりに付き合ってあげるんですよね。そこはエライ。

余裕なくてイライラしてるけど、そこはエライ。

で、中盤で一回、心?あのころの気持ち?を取り戻すような描写があるんです。

何これもうラストじゃん!よかったよかった!と思わせる。

でもすぐ「君に会えてよかった!じゃ、仕事だから!」って帰ってく。ズコー。

そう簡単にはいかない。

 

その中盤の山場をすぎてから、娘や妻を巻き込んでいくんですけど。

 

この娘(マデリン)もね、よかったです。好きです。

なんていうか「安易な二世ものじゃない」ところが好き。

さぁあの主役の子供世代だよ!子供だけでもう一度はちゃめちゃ楽しもうぜ!っていうんじゃなくて、

大人になった子供も、その子供も、みーんなが物語に絡んで、仲良く大団円。

はー、最高だね!よかったよかった!!

パパは仕事ばっかり、というマデリンに

「クリストファーは君が何より大切だって言ってたよ」ってプーたちが教えるシーンも、

けっこうさりげなかったけど、ほんと最高。

目立たないよう「お昼寝ごっこ」するプーたちを抱えて埋もれそうになってるマデリンちゃん、絵面がキュート中のキュート。

 

あ、思い出したので忘れないうちに書いておきますが、

直前にアニメ2作を復習したわたしが勝手にプーあるあるだと思っている、

「イーヨーのしっぽが取れちゃう」がしっかり大事なところ(?)で使われていて、嬉しかったです。

 

クリストファーを追い込む嫌な上司がいるのですが、

こいつの顔がおおたの銀行員時代の支店長にクリソツで、

世界共通で悪役上司顔のテンプレートってあるのかな、と考えていました。(余談)

 

作中、ハッとさせられたり、きゅぅんときたりするプーのピュアピュアな発言がいくつかあったので、思い出せるものをいくつか書きます。

 

・自分以外に話しかけてはいけない、人と違うのはびっくりされるぞ、と言うクリストファーに。

「ぼくはぼくでいちゃいけないの?」

 

いいんだよプー…!

プーは、プーのままでいいよごめんねごめんね!!!

自分が自分でいちゃいけない人なんていないよ!!

 

・欲しがった風船をあんなの必要ないだろ、と言われて。

「必要ないけど欲しいんだ」

 

・結局風船を買ってもらったけど手から離れてしまい、諦めさせようと、

どうせ使えないじゃないか、と言われて。

「でも持ってると幸せだった」

 

そうだよね!!!

必要無いけど欲しいものはあるし、使わ(使え)なくても持ってると幸せなものがあるよね!

 

ちょうど上映前にグッズを買ってしまった(正確には「買ってあげようか」と紳士な申し出をしてくれた旦那くんにまんまと乗っかった)おおたとしては、

だよねだよね!とうなずき百万点。

 

ちなみに買ったのはこの「BUSY DOING NOTHING」ランチトート。

(表と裏で柄がちがうよ)

 

 

絵も色味も可愛いけれど、決め手となったのは「BUSY DOING NOTHING」の文字。

見た瞬間「ビジ-ドゥインナッシン!?最高じゃん!!」と感動しました。

 

ちなみに、プーたちの言う「何もしない」は、

「お昼寝」や「ぼーっとすること」など物理的に何もしないというだけでなく

「あてのない散歩」や「議題のないおしゃべり」など、とりとめもない何か全般をさしているみたいね。

 

・百エーカーの森を抜けてロンドンへの冒険に出ようとするも、怯えて残りたがるピグレットに。

「一緒に行こう、僕にはいつだって君が必要なんだ」

 

たぶんピグレットは、物理的には役に立たない。

なんなら本人が行きたくないと言っているのだから、お留守番でもいいと思う。

でもプーはこの言葉を、たぶん、心から言ってるんだよね。

プーはおつむが小さい(おおた発信の悪口ではなく、作中で何度も「おつむが小さい」という発言が出てくる)からさ、

思ってもないことを言ってでも相手の士気を高めようとか、そんなことしないと思うんだよ。

ということはプーは、ほんとにピグレットを必要としているんだよね。

物理的に役に立つとか立たないじゃなくて、友達って、きっとそういうことだよね。

 

・仕事とか書類とかについて話すクリストファーに。

「それは風船よりも大切なこと?」

 

今回は、これが一番引っかかった台詞かな。

引っかかる、というのは、お話に矛盾があるのではと気になった、とかそういう文脈じゃなくて、

こう、心に爪痕を残された、と言いかえてもいい。

 

「それは風船よりも大切なこと?」を言葉通りに受け取ったら、

もちろん、そう。

クリストファー(私たち)にとって、仕事は風船よりも大切。

でも、なんでか分からないけど、答えながら「ほんとうに、風船より大切なんだろうか?」って自問してしまうような。

もしかしたら風船の方が大切なんじゃないか、って。

 

これは例えば、「家族よりも大切なの?」という聞き方では、たぶんダメ。

何を言う、大切な家族を養うための大切な仕事なんだ!という、理にかなった返事ができてしまう。

 

だから、具体的形をとりつつ、ふわっとした「あのころの愉しい気持ち」を表す「風船」より大切?という問いは、

ものすごくおしゃれで、痛いところをつく完璧な問いかけ。

 

自分や、まわりの人が、もしクリストファー・ロビンみたいにしんどくなっていたら

「それは風船より大切なことなの?」というフレーズを思い出したい。

 

さていくつか台詞をあげたけど、このように、プーのピュアピュアな台詞が、

人ごみに流されて変わってしまったわたしたちに、グサグサ刺さる映画でした。

 

とにかくもう、始終、プーがピュアピュアすぎてつらい。

ピュアって、美しくて愛おしいけど、時にいじらしすぎて痛ましかったり、哀れな感じを受けませんか。

プーは変わっていないだけなのに。

それでいて、ものすごく大人びた背中を見せたりもする。

ラスト近く、クリストファーが妻子を連れて百エーカーの森に遊びに来たとき、

プーが少し後ろから、3人を見ているシーンがあるの。

クリストファーが森に来なくなった間、何度も何度も、彼の世界と通じていたドアを見つめてたプーがですよ。

せっかくクリストファーが来ているというのに、声が届かない程度の後ろから、愉しそうな3人をプーが見守っているだけのカット。

もはや筆舌に尽くし難い。

この気持ちはなんでしょう。

見ているわたしの気持ちも、プーの気持ちも、なんて表現されたら正しいの?

愛?

 

そして全体を通して、なんとなーくうっすらと、「メリー・ポピンズ」を思い出していました。

これもディズニー版を、ずいぶん前に見たきりですが。

あれも最後は、仕事に傾きすぎた厳格なお父さんが救われる話でしたよね。

 

本作、途中までけっこう暗~くてどんよ~りで、

(百エーカーの森もずーっと霧がかかってる)

まさか「ウォルト・ディズニーの約束」の二の舞…?そっち系…?とハラハラしたのですが、

そうじゃなくてよかった…!

百エーカーの森の霧が晴れだしたとき、ああこれはきっとハッピーエンドだわ…!と安心できた。

 

(「ウォルト・ディズニーの約束」…

メリー・ポピンズを映画化するまでの原作者とウォルトの、そしてメリー・ポピンズを生み出す前の原作者の物語です。

とてもいい映画ですが、暗いし、後味すっきり爽快大ハッピーエンドかはちょっと微妙。

たぶんこの映画の中の、

ウォルト「映画化は世界の子どもたちのためになるよ!」

原作者「あなたはメアリー・ポピンズを子どもたちの物語だと思ってるのね!?道理で話が通じないわけだわ!(激おこ)」

みたいなやりとりが印象に残っているから、今回も思い出したんだと思う。

「約束」を見てから子供時代以来に本編を見返してみたら、昔は気づかなかったけど、

たしかにお父さんの救済ラストなんだわ。)

 

映画館で、わたしの隣の空席の、さらにその隣に、中年男性が一人で座っていました。

途中「おじさん、泣いてんな…」と明らかに分かってしまって、

わたしだって泣いてるんだから物語上の感情移入にすぎないかもしれないけども、

「おじさんも働き盛りに家族を顧みなかったために、今独りになってしまったんじゃ…?」とか、

「おじさんも赤い風船を取り戻せるだろうか」とか、

他人の人生まで気になってしまった。

 

もう一度見たいと思えるよい映画です。

疲れているあなたも、是非どうぞ。

 

 

 

ではね |ω°)ノ