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「天人五衰 豊饒の海(四)/三島由紀夫」感想 つらい…。もうなんていうか、つらい…

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つらい。

その一言に尽きている。

後味が悪いパターンの「世にも奇妙な物語」を見たときに似ている。

つらい。つらい…。

もう語彙がない。

 

「豊饒の海」の今までの感想はこちら 

 

 

あらすじ

 

もうわたし、あらすじとか説明できる心境じゃない。

知りたい方は、便利なウィキペディアをご覧いただきたい。

豊饒の海 - Wikipedia

 

とりあえず本多はおじいさんになっている。

老いがすごい。つらい。

清様の今度の生まれ変わり候補は「透くん」。

頭も、要領も、顔もいい。性格は悪い。

実子のないままおじいちゃんになった本多は、彼を養子に迎えます。

 

絹江

 

すごい女が出てくる。

思い返せば、豊饒の海にはいつも綺麗な女性が登場していた。

絹江は違う。ブス。もうブス。誰が見てもブス。すごいブス。

 

以下、ブスを表現するために使われた文章を引用。

 

それは万人が見て感じる醜さであった。そこらに在り来りの、見ようによっては美しくも見える平凡な顔や、心の美しさが透けて見える醜女などは比較を絶して、どこからどう眺め変えても醜いとしか言いようのない顔であった。その醜さは一つの天稟で、どんな女もこんなに完全に醜くあることはできなかった。

 

片目が潰れていたわけではない。大きな痣があったわけではない。ただ人々が美と考えているごく月並みな体系に、一瞬にして精妙緻密に逆らうような、笹くれ立った醜さが目の前をよぎったのである。それは肉のいちばん憂鬱な記憶が、心の中を擦過するのに似ていた。

 

どうよこれ。すごいでしょ。

どんだけ文才使ってブスを表現したらこうなるのよ。

もう絹江のブスは並大抵じゃない。

ブス枠の女芸人が束になってもかなわない。

愛嬌でごまかされるブスじゃない。 

 

しかもこのブス、自分をこの世で一番の美人だと思っている。

自分は男を狂わせるとか、バスで居合わせた男の目が欲情してるのが分かったとか、平気で言う。

妄想がすごい。

精神病者とはっきり書かれている。

すごい。逆にメンタル強い。

まさかこのブスとイケメンの透くんが最後くっついたらどうしようと序盤はハラハラしていた。

 

中二病・透

 

透くんは、選ばれた人間思想がヤバイ。

プライドげろ高い。IQも高い。

早い段階で人生を達観。

自分以外の人間のこと、ゴミだと思ってるタイプ。

しかもヤなやつ。

頭がいいヤなやつほど厄介なものはない。

要領よく立ち回りながら、どう巧妙に他人を傷つけてやろうかと画策。

童貞の恋心をこじらせたが故に聡子さんを傷つけてやろうとあれこれしていた清様が、可愛く思い返されるくらいだ。

確かに清様も金持ちでイケメンで特別意識のあるイヤなやつだったけど、

透はそれとも質が異なるイヤなやつっぷり。

 

序盤は、まぁこんだけ頭がよくて人生達観しちゃったら

多少ほかの人間のことバカにするのはしょうがないよねくらいに読んでいたけど。

後半はなんとかしてこいつをめためたにしてやりたいと歯ぎしりする読者多数であること間違いない。

 

めためたにしてくれるお婆ちゃん登場

 

そこへ現れた、わたしたちの女神。

三巻でも登場した、ジン・ジャンとらぶらぶだった慶子さんである。

年をとっても、本多とは友情が続いていた。

 

慶子さんがやってくれるのだ。

上流のクリスマスパーリーするから正装でうちに来い、と透を呼びつけ

「実はおまえしか呼んでないよん、各界ご令嬢なんていないよーん」とドッキリ大成功。

 

そして年寄りから若者への冷酷な説教。

 

これまで本多が出会った転生の秘密や、

透が次の転生候補と思ったから養子に迎えられたことをバラす。

きっと今までの三人のように二十歳で死んでしまう運命だろうから、それまで見守ろうと引き取られたのだと。

 

しかしこのとき透、すでに成人。

半年後の二十一歳の誕生日までに死ななければ、

あなたが生まれ変わりってのは間違いだったんだろうね。

まぁ私ははじめからあなたは贋者だと思ってたけど、と語りは続く。

以下ダメージの多そうな言葉をところどころ抜粋。

 

少なくとも本多さんの探していた美しい胚種の生まれ変わりではなくて、何か昆虫で云えば、擬きの亜種のようなものだということがはっきりわかるわけですけれど…

 

あなたには必然性もなければ、誰の目にも喪ったら惜しいと思わせるようなものが、何一つないんですもの。あなたを喪った夢を見て、目がさめてからも、この世に俄かに影のさしたような感じのする、そういうものを何一つお持ちじゃないわ。

 

あなたは卑しい、小さな、どこにでもころがっている小利口な田舎者の青年で…(略)

どうせあなたの考えることは、世間一般の凡庸な青年の考えを一歩も出やしないわ。

 

あなたには特別なところなど一つもありません。私があなたの長生きを保証するわ。 

 

めためただぜぇ…!

慶子さんの格好いいところは、こういった長い語りを、いたって落ち着きながらするところ。

 

すべての中二病患者というか、すべての平凡を極めた人間にとって

他人事でなく読んでいて心が痛む部分はある。

 

自殺未遂、その後

 

ほんでもって自分は選ばれし特別な人間と信じて生きていた透くんは、

生まれ変わりとか関係ねぇし。信じてねぇし。と慶子に反抗しつつ

俺様だって運命をもった人間なんだ!と証明せずにはいられなかったらしく

二十歳のうちに毒で自殺を図ります。

 

でも生きちゃう。死ねない。

 

あーあ。凡人決定。

ただ、それが原因で失明しちゃう。

死ねない上に失明。最悪じゃん。

 

その後の透くんの「終わってる具合」はひどい。

とっかえひっかえ寝ていた「メイドさん」はみんな首にして、

普通にためになるしおじいちゃんにも優しい看護婦あがりの家政婦を雇うのはいいんだけど。

 

いつも同じ服。家政婦が言っても着替えない。臭い。シミ。

絹江(中盤ちゃっかり田舎から呼んで離れに住まわせてた)が部屋中にばらまくお花はもう枯れている。

からだは臭いのに花は枯れててにおってくれない。

つらい。

あげく絹江と結婚したいと言い出す。

うん、まあ、見えないからね。

ブスで精神病なのを除けば、面白い人だよ。

序盤はこのブス早くどっか行けと思ってたけど、今はお似合いというかもうどうでもいいよ。

 

終盤、絹江に妊娠の兆候。絹江の精神疾患は遺伝性であることが分かっている。

自分の末裔が理性の澄明を失うことのほぼ確実な予測に、このとき本多の目がいかに輝いたかを家政婦は見なかった。

 もう何がなんだか分からない。理性なんていらないのか。

どうせおじいちゃんの自分はもうすぐ死ぬしね。

 

月修寺へ

 

そう、本多はもうすぐ死ぬ。

医者から手術しようねって言われたのをきっかけに、奈良の月修寺へ。

一巻目「春の雪」で、清様と大恋愛を経て剃髪した、聡子さんがいるところ。

 

二巻目三巻目で聡子はまだ元気に生きているらしいとふれながらも、

決して登場しなかった。

本多も本多で、月修寺はもはや極限に神聖なものというか、簡単には尋ねられない場所と決めていて

なんやかんやあったとはいえ、最終巻でついにその地へ向かう感動と言ったらない。

 

聡子さんに会える!とわたしはわくわくした。

読みながら深夜0時をまわっていたが、聡子さんが出ると分かれば最後まで一気読みするしかないと思ったほど。

 

聡子さん登場。

おばあさんになっているのはもちろん承知。

でも「玉のような老い」と表現されていて、年を取って醜くなった衰えたとばかり書かれていた本多とはえらく違う。

安心。聡子さんはやっぱり聡子さんだった!

 

畏れながらも、思い出話をはじめる本多。

ところが。

 

「その松枝清顕さんという方は、どういうお人やした?」

 

え。

聡子さん・・・ボケた!!!?

 

その後も、そんな人は知らないってばー、相手の方っていうのも人違いじゃないの?なんてシラをきる聡子さん。

 

ボケたか?

シラを切っているのか?

問答というか、説教の一貫か何かか?

本多もわたしたちも、図りかねながら話は続く。

 

「私は俗世で受けた恩愛は何一つ忘れはしません。しかし松枝清顕さんという方は、お名をきいたこともありません。そんなお方は、もともとあらしゃらなかったのと違いますか?何やら本多さんが、あるように思うてあらしゃって、実ははじめから、どこにもおられなんだ、ということではありませんか?

 

いやいや、松枝とあなたの家の系図や戸籍だって残ってる、調べりゃわかると言う本多に

 

「けれど、その清顕という方には、本多さん、あなたほんまにこの世でお会いにならしゃったのですか?又、わたしとあなたも、以前たしかにこの世でお目にかかったのかどうか、今はっきりとおっしゃれますか?」

 

たしかに60年前ここに来た記憶があると言う本多。

 

「記憶と言うてもな、映る筈もない遠すぎるものを映しもすれば、それを近いもののように見せもすれば、幻の眼鏡のようなものやさかいに」

 

そんなぁ…でも清顕がいなかったとすれば、勲もジン・ジャンもいなかったことになる。自分ですらも…?と混乱しはじめる本多。

 

「それも心々(こころごころ)ですさかい」

 

その後、夏の庭を案内されながら、

「この庭には何もない。記憶もなければ何もないところに、自分は来てしまった」と

本多が思うところでお話は終わります。

 

え?

 

え?です。

なんかもう、四巻全部、夢だったのかな?

途中、仏教用語的に阿頼耶識がどうとか

認識がどう、見えてる世界がどうとか、そういう話ももちろんあったのですが

 

夢だったのかな。

この世は全部夢なのかな?

 

悲恋も自刃も老いも若さもブスも美人も富も権力も見える世界も見えない世界も

そうかあ、夢かあ。

 

天人五衰

 

ちなみにタイトルのこれは仏教用語で。

美しく長生きの天人だって、寿命が近づけば

頭の華は枯れるし光を失うし服に垢はつくし…

とにかく天人だからこそ落差に嘆きまくるような状況になって死ぬんだよという話らしいです。

失明後の透くんの姿のようですね。

ということはつまり、元の性格は悪くとも透くんは天人的に描かれていて

やっぱり贋者ともいいきれないんだろうか。知らないけど。

 

とにかくつらい

 

頭が痛くなった。

夜中に一気読みして呆然としてしまった。

三島デビューにこれは重すぎたのかもしれない。

三島文学はもうしばらくいいや。

でも春の雪で口直しだけしたい。つらい。

童貞こじらせたピュア清様と、あのころの聡子さんにもう一度会いたい。

つらい。

わがままお坊ちゃまの清様に振り回される、若き日の本多にも会いたい。

思えば本多は、清様に振り回っされっぱなしの人生だ。

そんな人いなかったかもしれないけど

なんで「そんな人知らん」とか言うん…

一度は子供をこさえた仲やん…。

寝不足で頭痛い…。

 

 

 

ではね |ω°)ノ