横浜女が滋賀で主婦する

日常系無責任ブログ。壁打ちスタイルでやってます。

大学受験の思い出と家庭内学閥のはなし(長文人生記録)

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わたしがすべての対策を覚えていれば、きちんと大学名をだして

「××大学文学部のねらい目は11月の入試!?~傾向と対策~」なんて記事を書いてもよいのですが

いろいろと忘れているし、覚えてたとしても10年近く前の情報だし、

何よりわたしの人生を振り返る整理のための日記なのでいつも通りつらつら書きます。

 

今でも職場の学校法人でろくに事務員(わたし)の話を聞かない馬鹿学生のために就業間際にばたばたさせられると

「これだから馬鹿は害悪。チッ」と心の内で思うくらい

わたし、馬鹿を見下しがちな人間なんだよね。(たぶん父の悪い影響)

 

学校の勉強もできたし。

単位の数え方間違えて留年する人のこと信じられないし。

 

もちろんおおまかに「勉強ができた」とはいえ数学はめっきりだったし英語はしゃべれるようにならなかったし

社会に出たら学校のお勉強の成績なんて関係ないし

あくまで「そこそこ出来てた」という話ではありますが。

 

とにかく今日のエントリはこんな感じで進むので、

「はいはい賢かった自慢かよ!だいたい親に金出してもらって苦労もせずに大学行きやがって!」という好戦的なスタンスの方は反吐が百万回ぐらい出るから読まない方がよいと思います。

それでも反吐出したかったら見てください。

 

 

銀杏並木

 

大学受験と言えば、「寒かった!」「雪で電車が止まらないかハラハラ」みたいな冬の出来事が主流だろうと思うのですが

わたしの大学受験の思い出は「黄色く染まった銀杏並木」の景色とセットです。

 

11月に受けた入試が終わって会場を出て、「これは絶対に受かった」というおそろしいほどの高揚感とともにキャンパスを振り返ったときに見た銀杏並木が強烈で。

(この文章もたいがい強烈)

 

まぁあれですよ、「これは受かった」と思いつつ

「全てを出し切ったこの感触で落ちているとすれば、わたしは一般入試でもだめだろう」という崖っぷち感もありました。

 

エクスタシー状態で、しばらく駅ビルのベンチで休んでた。

 

推薦入試でした

 

おおたの志望していた文学部には「自主応募制による推薦入学者選考」というのがあって、そのため11月に入試を受けました。

まぁ簡単には「自己推薦」と呼ばれています。

 

高校ごとに定員が決まっている「指定校推薦」とは違って、これなら同じ学校から何人でも推薦受験できるのがよいところ。

 

現役生に限るし、評定平均もいるし、高校の先生に推薦文を書いてもらわなければいけませんが、

事前にふるいにかかることもあって、倍率は一般入試よりだいぶん低い、3倍程度と言われてました。

第一志望なら当然ねらい目です。

 

うちはお姉ちゃんがいたので、なんとなく姉と同じような方法(一般受験)になるのだろうと考えていたら

「学校の成績良いんだから、推薦にしなよ。指定校がなくても、ちゃんと制度を調べた方がいいよ。一緒にさっさと受験終わらそ!」と早々に友人が助言してくれたのが人生の転機。

 

もうほんとうに、人生の転機と言っていい。

その友人・Mちゃんは指定校推薦を勝ち取って、ある医大へ進学したとても賢い子だったんだけど、本当に感謝してる。

第一志望に入れたし、先まで見ればそのおかげで旦那くんと結婚したし。

お医者さんになって忙しくなってしまったことと、わたしが滋賀にいることで近頃はちょっぴり疎遠だけれど、彼女には生涯感謝する。

 

彼女に誘われるままに生徒会もやったし、

(彼女が会計委員長で、わたしはおまけで副会計に就任)

部活も円満に6年続けたし、

(中高一貫だった)

 

まるで就活のネタ作りのためにインターンやボランティアに参加する大学生のようなことを高校生からやっていた。

 

ちなみに今もあるのかな?(あった)と入試制度の公式ページを見ていたら

先生からの推薦文だけでなく「自己推薦文」というのを書かないといけないらしいんだけど

何を書いたか微塵も覚えてない。

特別何かに入賞したとかの輝かしい経歴はなかったから、地味ながら真面目でいいやつです、ということを盛りに盛って書いたのだと思う。

 

とにもかくにも、多くの受験生に知っててほしい。

志望大学や学部によるけれど、もしかしたらさっさと受験戦争から一抜けできる方法があるかもよ!と。

本番一発イチかバチかの一般入試より、こつこつ定期試験をこなして評定稼ぐのはずっと簡単だよ!と。

 

節約にもなりますし。

おおたの場合は推薦入試が11月だったので、もし落ちたら一般入試も対応できるよう予備校もギリギリまで行ってたけど

それでも最後の冬期講習は行かずに済んだ。

いろんな大学に受験費用払って、本命の結果が分かるまで滑り止めにも入学金払って…というのもしなくて済んだ。

私大に行かせてくれたとはいえお金持ちとは言えなかったので、親にはマジで感謝された。

 

そんなこと言ったらみんな推薦で行きたがるじゃないかライバルが増える!だの

少子化もあるってのにおまけに推薦?もう受験制度は崩壊だあ!だの騒がれそうですが

もう自分は終わったから関係ないもんね~。

 

ちなみに「どうせ推薦じゃん」と言われると

「いや指定校と違って、ちゃんと会場行って受験もしてますけどぉ!?」というプライドはありました。

 

文学部だったので、試験は小論文です。

あと英作文がちょろっと。

 

これも受験生に言いたいけれど

もし志望校がかたまっているなら、早めにそれ用の対策をするべきでしょう。

メジャーどころなら、参考書でも予備校の授業でも、〇〇対策!と銘打ったものがありますから。

 

おおたも予備校の担当に勧められて、途中から第一志望に必要ない古文の講義をとらなくなったし。

文学部なのに、(一般入試でも)古文いらなかったんです。

その分、現代文の読解と小論対策に集中するよう勧めてくれたのは、実に的確だった。

(おおたさんは古文得意だからもう大丈夫って言われたのもあるけど!なんせ賢かったからね!)

 

なんでも器用にできるのは、ガチの天才だけです。

そうでない人間は、的を絞って効率的にやるのが一番です。

 

国公立を目指した従弟が先の入試で大コケして浪人中なんだけど

そんなタマじゃないのは薄々わかっていたんだから、さっさと捨てるところは捨てて、的を絞った私大向けの勉強をさせてあげればよかったのになぁと思う。

(彼は国公立と、滑り止めにおおたと同じ大学だけを受けるというチャレンジングな受験日程を組んで痛い目にあっていた。「滑り止め」になってねぇ。)

国公立目指すのは親に苦労をかけないためと言いながら、科目多いぶん予備校の授業とりまくって、あげく浪人じゃぁ本末転倒では?と思ったが

従弟とはいえ他の家のことなので言わなかった。

 

おおたの受験の思い出話に戻すと、小論文は大きく2題に分かれていて

一題は現代文みたいに長文を読んでから記述、もう一題はたった一文の与えられたテーマから記述という方式でした。

 

おおたの受けた年は、長文は漱石の物語に出てくる高等遊民についての文章で

これがなんとまぁ、ちょうど高校の選択科目の現代文で、漱石をやっていたところなんですよ。

もー、神に愛されてると思いません?

高3の秋に「それから」を読ませてくれていた西澤先生、ありがとう。

 (ここまで言って全国の高3カリキュラムに漱石が入っててみんなやってたとしたら恥ずかしい。いやでも、たしか選択科目だったからね…全員ってことはないよね…)

 

一文テーマの方は「家族とは偶然の所産か必然の所産か、考えを述べよ」でした。

正解の用意された二択だったのかどうかはついぞ知らぬままですが、このインパクトのある問題文はいまだに忘れません。

 

そんでもって、どちらも予備校で現代文と小論対策を講義してくれた先生の言う通りのことを求められたお題だったから

予備校の鍵本先生にも一生感謝。

いつもコーヒーの香りをさせていた、ダンディなおじさま先生。

それこそ現代文は得意だから、と古文とのチェンジを勧められるまで予備校の講義はとってなかったんだけど

解答の素材となる考え方やテクニックはやはり重要でした。

持ってるセンスに自信はあったけど、それだけでは受験に受かってないと断言できる。

担当チューターがちゃんとした人で助かった。渡邉チューターに感謝。

初めて予備校で現代文の講義を受けたとき、これはすごいと感動したのを覚えてる。

今まで感覚でやっていたものにすべて論理的記号があてはまっていって、きちんとしたガイドがついたような感じ。

もう98%忘れてるけど。(受験用の知識だからね!いいの別に!!)

 

あと英作。

長文問題の方の一部に傍線が引かれて、ここを英訳してみろや、と問われる方式です。

これはちょうど担任だった、高校の英語の先生に過去問を見てもらってた。

 

覚えているのは「英作文は減点方式だから、中学英語だけでも意味が通じればバツにはできない」と教えられたこと。

 

そしてもうひとつ、「connected stars」という記述を褒めてくれたこと。

過去問の中に「星座」というワードが入っていたんだけど、そんなの英語でなんて言うか知らなくて

「connected stars」とごまかして文中に入れたんです。

添削してくれた先生は、「もちろん『星座』を単語であらわすことはできるけど、方向性は間違ってない。残りの文法に間違いがなければ、満点でなくても十分な点がもらえるはず。むしろあえて受験生が知らなそうな単語を出して、創造力を試しているのかもしれない。」と教えてくれました。

「本番でも、知らない単語があるからと空欄にしてはいけない」と。

 

本番でどんな英作が出たか、驚くほど覚えてないのですが

先生のアドバイスに忠実に、中学英語でもいいから言いたいことが伝わるように、を心がけました。

ありがとう高橋先生。感謝。

 

おおたは学校でも予備校でも、あまり先生に懐くタイプではなかったんだけど

この時期だけはいろんな先生に目をかけてもらっていたし、

シャイだけれども背に腹は代えられないと、頼れるところにちゃんと頼りにいったなぁと思い返します。

 

家庭内学閥のはなし

 

おおた家には、明らかな家庭内学閥が存在します。

 

そもそも父方の祖父が、学歴コンプ。

勉強が好きだったし成績もよかったのに、貧乏のせいで大学へ進学できませんでした。

社会人になってからも、「大卒だから」という理由だけで出世していく人を見て、相当悔しい思いをしたようです。

祖父のころはまだまだそういう時代だった、と言えばそれまでですが

祖父は悔しさから、二人の息子の教育に執心します。

それが父と叔父。そろって同じ大学へ進学しました。

 

実家のリビングには、その大学のペナント(三角形の旗)が飾られてます。

物心つく前からあったのであまり気にしてなかったけれど、やがて受験期になってその異常さに気が付く。

母校愛は誰しも多少なりとあると思うんだけど、父はだいぶこじらせている。

祖父のコンプの影響か、ただの学歴主義おじさん。

 

そんな父は自分自身に与えられた教育を、二人の娘にもと奮闘します。

姉とおおたは父の趣味による中高一貫校への進学などを経て、やがて大学受験を迎えます。

 

(出身女子校の話はここ) 

 

姉は模試でのE判定をひっくりかえして、父や叔父と同じ大学へ合格しました。

予備校の担当者にも「まぁ記念受験と思って…」と言われていた意外性も手伝って、父や祖父の喜びようはすごいものでした。

(だから受験生やその家族のみなさんは、模試の判定ですべてを諦めないでいいと思う)

 

さあ、姉の成功が嬉しく誇らしい反面、こうなると妹のおおたはたいへんです。

 

おまけに、家庭内学閥というだけでなく

その大学なら、実家から歩いて行けたんです。

(正確に言えば学年があがると都内のキャンパスに変わってしまうけど、それでも交通の便はよかった)

 

便利というだけでなく、たとえ落ちてもその街に住む限り、毎日浮かれた大学生を見続けなければならないという屈辱が待ってます。

 

親の趣味なんてどうでもいいじゃないか!好きな大学で好きな勉強をするべき!と言われそうですが

その大学は私大なら最高レベル。憧れのブランド力だけでなく、規模に見合った一通りの学問はそろってます。

「数学嫌いだし、国語好きだし、文学部がいいかな~」なんてふわっと考えていたおおたに、わざわざ志望しない理由はありません。

歩いて通えるしね。

 

姉の背中を見ながら慎重に生きていたおおたは、学校の成績はむしろ姉より上でした。

理系が必要なところを除けば、それこそそれなりに選べそうな成績です。

文学部ならどこでもいいやと適当に考えていただけに、

一時は「わたしは本当に父と同じ大学に行きたいのか?一族の中でひとりくらい違う大学がいてもいいんじゃないか…。大学野球とか盛り上がるかもしれないし…」と

ライヴァル校(的なセットのイメージ)のオープンキャンパスへ行ったこともありましたが

ライヴァル校の創始者の銅像を見上げながら「やっぱ違うか(遠いし)」と感じる遠回りも経験。

 

そして銀杏の季節の推薦入試になるわけです。

 

おそろしいプレッシャーでした。

両親は「家族のことは気にしないで、大学は好きなところへ行きなさい」と言ってくれてはいましたが

父は「まぁ電車賃がかからなかったら嬉しいけどな!」くらいは平気で言います。

あまり詳細は書きたくありませんが、TVを見ながらの世間話でも、とにかく学歴主義おじさんなのが分かるんです。

姉より成績はよかったので、おおたの受験について父は油断しきっています。

好きなようにしてよい、と言われつつおおたが母校に出願したことにも満足していたでしょう。

模試は上々だったし、専用の対策もしてる、でも一発勝負に違いはありません。

落ちたらどれだけ失望されることでしょう。

 

合格発表の日には、自分の口から何度も「よかったー。よかったねー。」という言葉が出たのを覚えてます。

よっしゃー!というよりも、あーよかったー!って感じ。

試験の手ごたえでこりゃ受かったなと分かっていたとはいえ(ちょいちょい傲慢をはさむスタイル)、

とにかくこれで一安心、というような。

物心ついて以降、父とハグしたのはその合格発表の日だけですね。空前絶後の親父ハグ。

 

そして家庭内学閥ですが、おおたが大学で出会った旦那くんと結婚したことで、さらに勢力を強めてます。

もしわたしたちに子供が生まれたら、その子はたいへんだろうなぁと思う。

でも旦那くんの子ならきっと勉強が好きだろうから、大丈夫だろう。

 

書きようによっては「親に進路を押し付けられた!不幸!」ともなりえますが

受験期のプレッシャーはともかく、今となって不満はありません。

わたしがいたって凡人で、父と衝突するような将来の展望がなかったのがよかったですね。

学部や専門学科については、なんの口出しもされなかったし。(おおたは国文学科卒)

いい大学出てパート主婦なんてもったいない、とまわりに言われることもありますが、

もうぜんぶは「いい大学出たのは旦那くんと出会うためだったんで、いいんです」で跳ね返している。

受験勉強も(親が出してくれた)学費も、結果オーライ。

わたしとしては、コストに見合っていると思う。 

 

今週末はまた東京の結婚式にお呼ばれしていて、実家に泊まるつもりです。

銀杏の見ごろは過ぎちゃったかな。

 

 

 

ではね |ω°)ノ