横浜女が滋賀で主婦する

日常系無責任ブログ。壁打ちスタイルでやってます。

Facebook辞めたし早く廃れないかなって5年は前から思ってる

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今回もいつもお世話になっている「いらすとや」さんから画像をお借りしました。

これは「SNSで沢山の人達の情報を追うのに疲れている女性のイラスト」だそうです。

いらすとやさんは何でもあります。

 

今回の記事は、SNSを活かして人生を豊かにしている人にはまったく関係のない話であり

わたしの卑屈精神が全開なので肌に合う合わないがあると思われます。

 

 

わたしがFBを辞めた理由

 

一番のきっかけは男

「きっかけ」は、ずばり男です。

わたしはいわゆる「ネットストーキング」が比較的得意であり

別れた男性のSNSにへばりついてあれこれ分析しては下唇を噛んで血を流すような粘着質な一面があります。

 

このままではいけない!と思いました。

 

世の中には知らなくていいことがあふれています。

真実を追求するのはコナンくんだけでいいんです。

 

ということで、大学生のあるとき、FBもTwitterもアカウントを削除しました。

(当時まだ流行りの波が届いていなかったので、インスタはアカウントを持った経験すらない)

 

卑屈精神を刺激された積み重ね

一番のきっかけと目的は「ストーキング行為の自制」でしたが、

男関連以外でも、それまでにFBについて負の感情の積み重ねがあったからこそと言えます。

 

たとえば、同じサークルの人がアップする写真を見て

「ああ。可愛くてイケてる子だけ先輩と飲みに行ってたんだ」とか

「ああ。可愛くてイケてる子と格好良くてイケてるやつだけで旅行してたんだ」とか…

 

ねえ?

じゃぁ先輩の機嫌とりながら飲みたいのかって言ったら面倒くさいし

イケイケ旅行に入りたかったかって言ったら参加したところで疎外感があろうことは同じだから

無駄な感情なんですけど。

 

そう。無駄な感情。

 

知らん人にディスされる怖さ

辞めた理由にこれもあります。

たとえば「誰それの彼女」とか「誰それの旦那」を調べることってよくあります。

 

女子会で「××くん、彼女いたらしい!FBたどった!!」みたいな会話、したことありませんか。

で、たいてい「えー?これなら〇〇の方が可愛いじゃん!別れろ!」なんて

意味のない呪詛をかけられたりするわけです。

 

わたしも片想いが終わったときに、呪いかけましたし。

「はぁ?いい年こいてマイメロ抱いてるトップ画ってなんだよ、AKBのはじっこみたいな面しやがって。この女のどこがいいんだろ?わたしの方がおっぱいでかいし」

とか、もう無茶苦茶です、無茶苦茶。

会ったこともない女性の画像を開いて、無茶で苦茶なことばをあびせるわけです。

このような呪詛が日本中、いえ世界中を飛び交っています。

原因の大半はFBですよ、みなさん。

 

ほかに、誰かの彼氏や旦那の写真を見てあれこれ言うバージョンもありますね。

「え、意外~。〇〇って面食いかと思ってた。旦那はお金持ちなのかな?」とか。

人が集まる席に、噂話はつきものです。

 

で、思うわけです。

あー、わたしも知らない人に知らない場所で、好き勝手なこと言われてるんだろうなって。

FBやってなくても同じかもしれないけど、アカウントがなきゃまだマシかなぁと思います。

タグ付けとか、余計な手がかりなくなるし。

 

あなたわたしの「友達」デスカ?

卑屈精神とは別に、友達認定に潔癖なところもあったと思います。

SNSの友達申請って、軽いですよね。

「え、あなたわたしの近況に興味あるの?わたしは興味ないよ」と思うわけです。

案の定、何かコメントを残し合うようなこともなく

この人、たくさんの人と繋がることが正義だと思ってんだなって軽蔑します。

FBで友達何百人いないと恥ずかしい、みたいな感覚。分かりません。

じゃぁその300人の友達のうち、ふだん個人的に連絡とるの何人よ?って突っ込みたい。

わたしの友達は、少数精鋭です。

もちろんサークル時代の仲間で飲もうとか、大勢で一斉に集まることもあるけれど

その中で「ちゃんと親しくしてる人」は限られる。

みんなで飲もうよ!以外で、気軽にごはんに誘えるような人。

イケてる人たちの輪に無理に入る元気もないし、楽に付き合える人といたい。

 

社交性の低い性格に自覚はあります。

でも、自分が大事にできる人数ってこれくらいかなと思う。(恥ずかしいから数は言わない)

友達は年々、増えるどころか減っているけど、自分で取捨選択した結果に不満はない。

これ以上減るとさすがにどうか…とは思うけど。

 

言われて嬉しかったことば

 

地方に引っ越すことになって、FBの復活を考えたこともあります。(一瞬だけ)

でも、ある友達のことばを思い出して、必要ないなって思いました。

その人は大学の学科が同じだった友人で、卒業後もぽつぽつ不定期に会っています。

 

あるとき焼き肉を食べながら

「おおたはSNSやってないから、たまに会って近況聞かなきゃって思うんだよね」

って言われました。

 

嬉しかったです。

さきほど友達の数がどうこうの話をしましたが、この発言がわたしの「友達」の基準にもなった気がしています。

 

あいつどうしてるかな?って思うこと、そろそろ会って話したいって思うこと。

反対に、どうしてるかなって気にしてくれて、ご飯行こうよって誘ってくれること。

 

FBで近況をたれながさなくても、

こう思って思われる仲の人とだけ、友達でいればいいんだって気が付きました。

滋賀に引っ越してからも「次はいつ帰ってくるの?」って聞いてくれる友達がいたり、

新幹線に乗って遊びに来てくれる友達がいたりと、嬉しいです。

その友達とは、これからも付き合っていきたい。

FBをやめることで、大事な友達だけ(いやな言い方ですが)ふるいにかけることができたのかもしれません。

(個人の感想です。広い交友関係が好きなひとは自由にやればいい)

 

「FBやめてすごいね」

 

人から言われる言葉に「おおたはFBすっぱり辞めたもんね、すごいよね」というのもあります。

特にアラサー世代の友人は、まわりの結婚報告にメンタルを削られることも最近多い様子。

 

「じゃぁ辞めれば?」と思うし、言います。

でもまわりでFBを辞めた人は、今のところいません。

 

「いや自分自身は飽きてるっていうか更新してないんだけどさ。見る用にね」と言う人もいます。

うん。

見るのが疲れるんでしょう。

 

まぁ、まわりにFBやっている人がいるからこそ

「〇〇が結婚したんだってー」「子ども生まれたらしいよ!」みたいな情報がふわっと入ってくるのでたまには楽しいですが。

もちろんそれも「クラスが一緒になったことはないあの子」とか「卒業以来会ってないあの人」レベルの話なので

知らなくても死なないんですけどね。

人が集まれば他人の話になるものです。(2回目)

 

辞めた当初は「今時FBやってなくてよく生きていけるね!」なんて言われましたが

快適に生きてこられました。

古い友人と再会できて感動!みたいのもないけど、本当に親しかったらずっと続くでしょ。

小学校からずっと続いてる関係ありますよ、このおおたにも。

 

あんなのはアメリカンの考えること

 

とにもかくにも、FBなんて、陽気なアメリカンの考えそうなことですよ。

(マークザッカーバーグの映画は観たことない)

日本人は紫式部の時代から、陰でちまちま日記書くのが合っている。

少なくともわたしはそういうタイプ。

 

そして、インスタの台頭でFBは廃れつつあるのではないかと思いますが

なかなかしぶといですね。

おおたはインスタのポジションをいまいち分かりかねていますが。

FB廃れろ廃れろと思ってはいますが、

まぁ自分は離脱しちゃってるから関係ないと言えば関係ない。

でもモヤッとしてる人が多くいるのに、どうしてこんなに続くんだろうと不思議は尽きない。

 

世の中に炊飯器を捨てるミニマリストがいるように

人間関係をミニマムにしたって、死にゃぁしないという例でした。

 

 

 

ではね |ω°)ノ