横浜女が滋賀で主婦する

日常系無責任ブログ。壁打ちスタイルでやってます。

「君の名は。」感想 文学部のわたしの卒論は「魂は名に宿る」だった

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今さらと言われても書きます、「君の名は。」感想文!

年末年始も上映中、なんてCMもやってますしね。

とりあえず今年中には書いておきたかった。

みんなも見なよ!おすすめ!なんて段階はとうに過ぎているので、

わたしがどう感じたか、パッションのままに書き綴るまでです。

パッションにまかせるので、話題はあちこち飛ぶかと思いますがついてこれる方のみ。

(ネタバレ含む)

 

ちなみに、ノベライズとかアナザーストリーの小説があるそうですが

そちらは未見です。

あくまでも、映画一本の感想。

わたしの疑問や勝手な妄想に対して「小説を読めばハッキリ書いてあるよ!」と言いたくなることもあるでしょうが

そういう突っ込みは野暮でっせ、とあらかじめ。

映画は映画で楽しみました、ということで。

小説版でより深みが増し話が広がる、というのは分かるんですが

全部を読んでないと通じないことについてはおいておきます。

そのうち読んだら、それはそのあと感想書くよ。

 

(後日、小説版も読みました) 

 

滋賀では今朝粉雪がちらつき、むこうの山の連なりは

粉砂糖をふりかけたようです。

うつくしい。

田舎ってたまにきれいよね、瀧くん。

  


3回見ました

 

ちなみにわたしは、3回見ました。

1回目は、滋賀に来たてで精神的に落ち込んでた時にひとりで。

(新海作品は一人で沈みながら見るべき、という認識だった)

 

2回目は、ハッピーエンドに安心したのでもう一度明るい気持ちで見ようとひとりで。

 

3回目は、実家に帰ったとき「そういえば見てないのよねえ」とぼやいた母と、母の妹と、従妹とみんなで。

(よかったねえ。きれいだったねえ。という薄い感想しか言い合えなかった。わたしはもっと!吐き出したい!!)

 

過去の新海作品ふれあい遍歴

 

「秒速5センチメートル」といくつか

秒速は、大学生のころにDVDを借りて観ました。

なんか、流行った?というか。

(ガチオタじゃないけど)アニメとか見ちゃうんだぜ俺!みたいなノリがあって

友人に勧められて観た記憶。

 

精神をボロボロにやられました。

 

つまり、ドハマりというか。

あれを陽キャラの友人たちが、心の底から楽しめたんだろうかと今でも疑問。

(当時のことばでいえば、リア充)

陽キャラの方も、心にそれなりの陰はあったりするんですかね。人間だもの。

 

このころから、実写?と見まがうような画はありましたよね。駅の表示とか。

 

正直、ストーリーを全部覚えてるのかって言ったら曖昧な部分が多すぎるんですけど

とにかく暗くなって、心にずん…とダメージを与えられたのだけ覚えています。

片想い属性だったわたしには、サイドのサーファーの子の話が一番つらかった。

ほかに好きな人がいる人を好きになることのやるせなさが。種子島。そういやこれも田舎だな。

 

そんでもって、秒速を(えぐられつつも)良作と判断し

新海監督の他作品もDVDで拝見したんだけど

「なんかつまんないしよくわかんなかったな」と思ったことだけうすぼんやりと覚えている。

その程度。今見たら分かるかなあ?

 

「秒速」は、確実に大人になった今だから思うことは増えると予想はつくんだけど

「君の名は。」が流行って見直した人も多いみたいだけど

二度と見ないと決めている。

心の健康のために。

人生に後悔がある人は見たらえぐられる。

駄作だからではなく、わたしの波長と合いすぎてしまうが故に、もう見れない。

 

「言の葉の庭」

 秒速はよかったけどもう見ないって決めたし

過去作はつまんなかったし

以降、新海作品からはすっかり離れてたんですけど。

 

ある人から「君の名は。よかったよー!でも言の葉の庭の方が自分は好きかなあ」という話を聞いて。

なんじゃそりゃ、知らんなと。

調べてみたら「万葉歌がキー」だというじゃないですか!

見ましたね。まぁこの感想も述べてたら長くなるので今回は割愛しますけど。

よかったです。

ゆきのちゃんの「人間、みんなどこかちょっとおかしいんだから」っていう台詞がしょっぱなの方にあって

その時点でこりゃ好きだわと思いましたね。

ラストも前向きエンドでよかったです。

 

で、この「言の葉」があるからこそ

新海さんって…万葉集好きでしょ?と親近感。

いやそりゃね、嫌いだったら物語のキーにはしませんけども。

 

「君の名は。」というタイトル

 

そう、つまり、「言の葉」を経ての新作が「君の名は。」ですよ。

 

CMでタイトルを見たときから、自分の卒論(教師か研究者にでもならなきゃ後の人生に直接は役に立たない国文学科で、とくに上代文学をやってた)のことを思い出してましたけど。

新海さんが万葉集をかじっていると分かれば話は早い。

万葉的に言わせてもらえばこれは明らかに「求婚」であり、

「相手の魂の本質にふれる行為」ですよ!!

 

ねえ!みんなも古文の授業でやったでしょ!?

(「君の名は?」でなく「君の名は。」であることはちょっとムシ)

 

万葉集の一番はじめに集録されている歌は、雄略天皇のナンパ歌です。

「君かわうぃーね!どこの家の娘なの?名前教えてよ~」という具合の。

(ふざけましたが、リズムがとっても気持ちいい歌なんです。

こもよ、みこもち、ふくしもよ、みふくしもち…)

籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この岳に 菜採ます児 家聞かな 告らさね
そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座せ われにこそは 告らめ 家をも名をも

 

まぁ、今だってナンパのときに名前ぐらい聞くとは思いますけど

当時、名前は簡単に人に明かすものではありませんでした。

ことだまとか、大事にされていた時代ですからね。

おまじないみたいな意味というか、名前は魂そのものというか。

女性の本名を知っているのは親と夫だけ。

 

(ちょっと時代は下りますが)紫式部なんかも、あれ名前じゃないですし

源氏物語の登場人物も、女性たちの本名はでてきません。

(男性もほとんど役職名)

 

あ、あと「よばひ」も。

今では「夜這い」というイメージですが、もとは名前を「呼ばふ」ことでした。

万葉集では、よばひに「結婚」という字があてられていることもあります。

名前を呼ぶことは、イコール結婚。

暗くなったころ、名のりあって呼び合って、そうして結ばれる行為がよばひです。

誰でも彼でもおそいに行くわけじゃないんです、万葉のよばひは。

きちんと名前を教えてもらうという、合意がないとだめなんです。

 

なんでよばひについて熱く語ってるんでしょうね!

 

まぁ万葉時代の名前、名前を聞く行為について意図していたかどうかは別にして

ユキノ先生が古文の授業で「誰そ彼」の話をしていたり

巫女や神社、結び、などなど上代文学的エッセンスはたくさんあったと思う。

口噛み酒の話とか、ふつうの若い子はひいちゃうんじゃないかと思ったけど受け入れられている?ようで安心した。

 

中途半端なネタバレを見てしまっていた

 

ほんっと。この画像をネットにバラまいたやつは許さない絶対。

これですこれ、これ!

 

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ネットで全然関係ないページ見ていたはずなのに、このネタバレ画像を放り込まれて。

ネタバレ感想~って書いてあるのを読むかどうかは自由ですけど

望まないネタバレはよくないですよ!!ぷんぷんですよ!!

 

しかも「死んでる→みつはちゃん←死人」という矢印が目に入った時点で急いでブラウザを閉じたため

「↑8年後に再会」という矢印を見てなくて、それがまぁよかったんだかよくなかったんだかややこしい感情にさいなまれることに。

 

先に観た人(言の葉をすすめてくれた人)に聞いたんですよ。

「ヒロイン死んでるってほんと!?」って。

そしたら「あー。うん。死んでたよ」との返事。

(間違ってはない)

 

おかげでわたし、一度目の鑑賞の時は

死んじゃうんだ…こんなに頑張ってるけど、このままみんな死ぬのね…という目線でしか見てなかった。

 

いやもちろん死んでたし、いろいろあって最後生き返るんだよ!と

さらなるネタバレを背負うよりマシと友人は判断してくれたんだと思うけど。

 

まったく!人騒がせな!!

 

焦らしに焦らしたハッピーエンド

 

とまぁ、死ぬ死ぬ死…生きてたー!!!という一段落はしたものの

記憶がなくなる主人公。

街ですれ違いながらも会えない主人公。

 

こ…これは…

秒速の鬱記憶が…山崎さんの歌が聞こえてくる…とまた別観点でハラハラ。

 

でも!!!

会えた!!!!

 

「君の、名前は?」

 

はい!求婚!!!!求婚エンド!!!ハッピー!

ハッピーエンド大好き!万歳!!!

 

勝手に落ちたことで、結末がより盛り上がりましたね。

テッシーとさやちんも仲良くやってたようだし、よかったよかった。

君の名はが流行ったのは、とにかくハッピーエンドだからだよ。

新海らしくないとか言われても、人間やっぱりハッピーエンドが一番よ。

カタルシスだよ、カタルシス。

 

311の記憶

 

恋愛的ハッピーはもちろんのこと。

これですよね。みんな思い出したよね。

 

「ここにいたら、みんな死ぬ!」って台詞。

「行っちゃだめだ!」って台詞。

 

あのとき、あそこにいた人たちに、これが伝えられたらなって

きっとみんな思い出してたよね。

 

もちろん、ほんとのほんとに当事者で、

大切な人を亡くした方が見たらどう思ったかは分からないけど

 

少なくとも映画の中では、助けることができて良かったって思いました。

実際の過去が救われたわけではないんだけれど、

ああよかったーって。安心エンド。救済。

フィクションの中でまで、絶望させられたくないですからね。

 

手のひらの「すきだ」

 

これはわたしの周りで、賛否両論だったんですけど。

あのシーンで泣いた!って子もいれば

笑っちゃったよw名前書いとけよwって子もいたし。

 

わたしとしては「あれがいいんじゃないかー!」と絶叫しますけどね。

そりゃ、名前書いとけよとはちょっと思うんだけど。

 

瀧くんの気持ちになってみなさいよ。

あの子、ちょっとイケメン(三葉談)のわりに女性慣れしてない感じだし

言いたくても言えなかったのよ。

 

今まで軽口たたきあってた、不思議なことに巻き込まれた相棒的女の子がよ。

突然いなくなって。

もう会えないの?って心配になって、会いたくなって。

死んでて、でも死なせたくなくて、やっと会えて、はじめて会えて。

 

好きって伝えたいでしょうがー!!!

 

いいんですぅ、あれは!手のひらに書いて正解なんですぅ!

瀧くんはシャイだから、直接言えないんですぅ!

 

ちなみにこの、カタワレ時に名前を呼びあうシーンはまさによばひと言っていいかと。

死んだ魂を呼び戻す、という意味でも

名前を呼ぶことは万葉的に非常に有効な手法と思う。

まぁ、遠くから名前を呼びあうシーンってどんな映画にもあるけどね!

アシタカとサンだってそうだしね!(ジブリっ子)

 

でもここほんと、映像美ばっかり言われるけど

とっても大事なシーンですよね。

「この世ならざるものも現れる逢魔が時」ですべてを説明しちゃってますけど。

だって、初めて会うんだよ?

今までお互いの肉体はイヤでも知ってきたけど

中身と!魂と!本質と!はじめて!!

(いや組み紐渡すとき会ってるか。お互いを認識してからはじめて、と再定義)

 

しかもそれが、生と死を分かつ重要ターニングポイント。

もう失ってからわかるとか、吊り橋効果とか、

そんなレベルじゃない。ハリウッド映画もびっくり。

 

長澤まさみと市原悦子さん

 

主役二人は、さんざん番宣で見たから知ってたんですけど。

この脇役お二人については、エンドロールで初めて知りました。

 

奥寺先輩、よかったですねー!!!

あの性的な感じ。

正直、リアルでああいう女の先輩がいたら

おおたは大っ嫌いですけどね。視界に入らないように努めると思う。

いますよね、ああいう人。

わざと性的な服を着て、下ネタも話せて、ほっそいタバコくわえて、年下の男をはべらせるタイプ。

男も男で、あからさまだなぁと分かってても乗っかって。

 

でも奥寺先輩は、同性から批判されるスレスレをいった感じ。

つまり成功。

デートの後の「じゃ、またバイトでね」というのも大人な余裕があってとってもいい。

 

長澤まさみとは気づかなかったなあ。

ジブリの海ちゃんも、すごくよかったんですよ。

「えー、長澤まさみの声なんて、ベタベタしてそうでやだあ!」と思ったんですけど。

とってもよかった。さすが女優さん。

 

あとはなんと言っても、おばあちゃん。

「結び」の概念を教えてくれる、大事な役柄ですね。

市原悦子さん、めっちゃいい…!

たしかにね、思い出してみれば市原悦子さんなんだよね。

 

結びについての教えは、なんだかほっとさせてくれました。

特に最初に観に行ったころは、いろんなことで気分が落ち込んでたので。

うまくいえないけど、わたしが生きてきたことも無駄じゃないし、

いやなこともいいことも、なくしたくなかったものも、

今のわたしとちゃんと結ばれていて、そうやって時間は流れているんだなあって。

何を言ってるのかわかりませんが。

 

岐阜県民東京にあこがれない問題

 

ネットでちらっと見かけたこの意見。

三葉が、「東京のイケメンにしてくれー!」って叫ぶシーンがあるけど

岐阜の人なら、大都市と言えばまず大阪や名古屋を想像するのでは?ってやつ。

 

実際の岐阜県民の気持ちは分からないですけど

すでに瀧と入れ替わって夢に見てたから、東京のイケメンにしてくれって言葉が出ただけだと思うよ。

 

しかしほんと、新海さんは新宿好きですね。

本作も言の葉も、新宿盛りだくさん。

なにか個人的思い入れがあるんでしょうか?

 

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テッシー

 

爆弾犯、テッシー。

彼がいなければ後半の騒ぎは起こせないわけですが、一応三葉の話を信じる根拠というか、キャラ付けはされていますよね。

序盤からオカルト雑誌を愛読している描写がありますし

この町にずっといると思うよ~と言いながら

父親の跡をつぐことに納得してないというか、

諦めながらも、腐敗に流される大人になっちゃうのかなあというモラトリアムが感じられます。

 

ブライダルフェアって案外体力いるけどさ、

さやちんを幸せにしてやってくれ。

 

夢と言えば小野小町

 

夢に見た、といえば、小野小町の歌。

万葉!万葉!と思っていましたが、オフィシャルに言われているのは「小野小町の歌からのインスパイア」だそうで。

 

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを

 

ってやつですね。

現代語訳せずとも、なんとなく意味が分かる歌です。

せっかくあの人が夢に出たのに、覚めちゃってがっかりって内容。

 

小町の夢の歌は、こちらも好きです。

 

うたた寝に 恋しき人を見てしより 夢てふものはたのみそめてき

 

これもなんとなくわかりますね。

恋しいあの人に会えるなら、夢だって頼みにする。

たぶん、現実ではなかなか会えない恋なんでしょうね。

夢でしか会えないなんていやだ、会いに行ってやる!と行動できるのが

現代の恋のいいところです。

 

なんで途中で名前忘れるか知らないけどここ大事

 

これは3回見ても、考えても、よくわかんなかった。

瀧君の方は、すでに三葉が助かったから

タイムパラドックス(て言いたいだけ)的な修正?とも思えるけど

三葉の方はなんでだか分らん。

巫女能力的には、彗星絡みが終われば用無しってこと?

 

でも、このシーンは観てる人にとってはとても大事ではなかったかと。

あの助けたい!助かりたい!という切迫した疾走シーンの台詞。

 

「大事な人。忘れちゃだめな人。忘れたくなかった人!」

「君は誰?」

 

同じ回を見に来ていた、小学生の坊やには伝わらないかもしれないけれど。

おねえさんはね、響いたよ、この台詞。

ある程度人生経験があれば「自分にとって忘れられない大事な人」が自然と浮かぶ台詞じゃないですか?

 

初恋の人かもしれないし、となりにいるパートナーかもしれない。

恋愛じゃなくて、離れた家族や、いつかの友人を思い浮かべる人だっているはず。

 

とにかくこの台詞は、くさいモノローグってだけじゃなくて

見ている人の記憶や思いを、強制的に呼び覚ますおそろしい台詞だと思う。

もちろん、その前からストーリーにのめりこんでいるからこそ、というのもあるけれど。

わたしの感受性が強すぎるのか?

みんな、誰かを思い浮かべなかった?

(こういう、ある種パーソナルな話を現実の友人や家族とはしにくくて

画がきれいだったねぇくらいしか言い合えないのが物足りなくてこの長文を書いてる)

 

とにかく好みなんだ

 

キャッチーなものを詰め込んだ売り路線なんて言われることもありますが

個人的な好みもたくさんでした。

コメディタッチの恋愛(前半部分。特にCMがそういうドタバタっぽい売り込みでしたよね)、

万葉(これは勝手な解釈だけど)、

神社や巫女さんなどのジャパネスク要素、

前前前世(ストーリーには絡まなかったけど、転生モノに弱い)、

そしてみんな安心のハッピーエンド!

 

ある友人は「もっと最後にラブラブが見たかった」と不満をもらしていましたが

これでいいんです。

秒速から考えれば十二分なハッピーエンドじゃないか。

しかもわたしの解釈では、

君の名前は?→はい、結婚!!!だから、もう結末まで見せてもらったようなものだ。

 

ラストでオープニングにつながるという輪の構造も

すべてを分かっていても見返したくなる中毒性を生んでいる。

 

すでに6000字を超えて、7000字にせまる勢いです。

自分がこわい。

おそらくここまで読んでいらっしゃるのは「君の名は。」がお好きな方とは思いますが

さぞ目もお疲れになったでしょう。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

書いてたら熱がよみがえってきた。

小説版、買っちゃおうかなあ…。

 

 

 

ではね |ω°)ノ

 

(後日、小説版も読みました)