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横浜女が滋賀で主婦する

日常系雑記ブログ。壁打ちスタイルでやってます。

映画「春の雪」感想 大正貴族の雅と宇多田ヒカルの鬱主題歌

あれこれの感想文 あれこれの感想文-映画 あれこれの感想文-本-三島由紀夫

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先日原作を読んだので、映画も観てみました。

 

(原作についての感想は、過去記事があるよ)

www.hamashuhu.com

 

 

2005年公開で、たしか当時もDVDのレンタルが始まってから自宅で見た覚えがあります。

竹内結子さんが好きで、彼女がとにかく美しかった記憶しかないのですが…

原作を把握してからの感想を改めてこちらで。

 

映画も原作も、話題性や時間経過としては「今さら」なものですが、

少なくとも日本文学としてふれることに「今さら」はないと思っています。

 

 

あらすじは、ご興味があればwikipediaなどご覧いただければと思います。

 

以下、つらつらとパッションのままに感想。

 

まず画面が美しい

と、「君の名は。」に対するペラペラな感想みたいなこと言いますが。

素人目でも、色彩などあますところなくこだわられているようで心地よいです。

お庭のシーンは陽光で明るいけど、晩餐のシーンは薄暗くて少し陰気だったり。 

大正浪漫的なものは好物なので、文字を読んでいるだけでは及ばなかった想像が補完されて愉快。

 

あと映画的なというか、技術的なことはよくわかりませんが

カメラの長回しというんでしょうか。

つー、とワンカットで魅せる演出が多かったように思います。

ぶつぶつ切れずに集中して見ることができますし、

大正貴族の壮麗な空間を映し出すのにも的確かと。

美しい画を見れるだけで、やはりとても愉快。

 

登場人物・キャストのこと

まず主人公の清顕(きよあき)ですが

原作では、とにかく美少年!美青年!と一族の中でも浮き出た美しさが強調されます。

光源氏をあらわすかのように、もはやこの世のものと思われない、おそろしいほどの美しさであると。

見た目だけでなく中身も、成り上がりの父とは異なる貴族的雅に心酔しているのですが

それを演じるのが妻夫木聡さん。

当時24歳で、19歳の役をしてたってことなのかな。

「絶世の美青年」と言われると…うーん、もちろんイケメンだけど…と思ったのですが

妻夫木清顕のいやなやつっぷりに

「よっ!いやなやつ!ひねくれもの!」と拍手を送りたくなったのでこれでよかったと思います。

 

あとこれはキャストもなにも関係ないのだけど

タイの王子様達に

「How do you dou, your highnesses. My name is Kiyoaki」っていう台詞があるんです。

それがもう!なんか!明治の高等教育の発音っていうか!

イギリス英語っぽいんでしょうか?

(知らんけど)

学習院教育受けました!って感じで非常によろしい、ありがとう妻夫木。

 

続いて聡子さん

こちらも原作の記述から言えば、とにかく美人でなくてはならない。

タイから来た王子に「日本で会った女性で一番美しい」と言われるほど。

清顕よりおねえさまな一面が出てくるので、可愛らしくともアイドルのように幼く媚びた子ではいけないし

あまり洋風というか今風な顔立ちも違う気がするし

美人とはいえキツすぎてもいけないし

難しい。

たとえば二十歳を演じられる範囲の女優で、今なら誰がふさわしいか?と言われても

わたしには決めかねる。

 

結果、竹内さんでよかったかあと思えました。

わたし、竹内さんのこと好きだし。

とくに演劇場のシーンの淡いピンクの洋装がとてもお似合い。

やまとなでしこは、黒髪でも洋装がよく映えて美しいです。

 

友人・本多

映画全編、二時間におさめるなら多少の改変などは仕方ないしうまくいってるかなと思うのですが

本多に関してはそもそもの設定変更が…。

なぜ剣道野郎にしてしまったのか。

もっと知性的で、控えめで、清顕の友情にそのときどき適正な距離を保てる人間でないといけないと思うのですが。

映画ではなんでこの二人が仲いいのかよくわかんないし、単細胞の体育会系がおぼっちゃまにいいように使われているとしか見えなかったのは残念。

あとは原作でも漂う、まかり間違うとBLに発展しそうな怪しさはなんなのか。

清顕が美しすぎるからか。

 

執事の山田

いいやつ。原作に出ている書生の役目も、山田が背負っているようですね。

終盤には「山田ー!おまえー!いいやつー!!」と心で叫びました。

いい仕事。

 

蓼科

聡子お嬢様にお付きの、頼りになる重要おばさん。

キャストには文句なし。

もう少し「手の内感」が出されてもいいんだけれど、これは本で楽しむしかないかな。

映画ではキチガイババア感が絶頂に。 

 

そういえば、妊娠が分かってから、聡子さんが蓼科にたてつくんだけど。

原作のようになんっにも知らないおひいさまの方がよかったなー。

蓼科の言うとおりにすると約束してね、と言ったら

「それで、わたしはなにをしたらいいの?」って聞いてくるんですよ。

堕胎だよ!!!!それしかねんだよ!!!!って思わず突っ込んじゃうくらいお嬢様。

で、だいじょぶだいじょぶ、蓼科が捕まらないようにうまくやるし、安心してねって言うと

うん、とうなずくんですよ。

…そんな従順なおひいさまが、まさに最後の切り札を使うってところに意外性と絶望があるんじゃないか。

原作ではね。

 

 

月修寺 門跡

これも本で読んでいるだけでは補完できなかった、

雅で落ち着いた関西弁が聞けたので

非常に満足。

最後の方でたびたび「松枝の若様も、おいとしいことやけどな」という台詞がでてきます。

この言い回し、なかなかしませんよね。

現代だからなのか、わたしが関東人だからなのかはわかりませんが、

みやびな言い回しだなあと。

愛しく大事に思っているけど、どうしようもないのよ、お可哀想にねえ、悲しいことねえ、という

すべてのニュアンスがあらわされている気がする。

もうほんと、いまの若い子はうつくしい日本語を使ってちょうだい!

 

そうそう、清顕のおばあさま

この方もよかったよ~~~。

岸田今日子さん。よかったよ~~~。

「宮様の許婚を孕ませるなんて、たいしたもんだ!」という台詞。

最高。

 

志田未来ちゃん!!

おおたの大好き、志田未来ちゃん。

聡子の子ども時代として出てました。

さいごのさいごまで顔が出ないので気が付かなかった。

大好きな竹内結子さんと志田未来ちゃんの二人が同一人物役をやっているということは

わたしの好みは一貫していると言えそうだ。

 

ちなみに、この子供時代から百人一首の読み札と絵札をそれぞれ持っているというエピソードは映画オリジナル。

「瀬を早み岩にせかるる瀧川の われても末にあはむとぞ思ふ」

 

個人的には、札はそれぞれ持っていてほしかったなあ…。

 

列車の別れのシーンも、原作の方が好きです。

何事でもないように別れる。

片方は分かってる、片方は分かってない。

この世で会うのはさいごなのに、とっても簡素。

なのに聡子が門跡に「お別れも十分にしてまいりました」というのがいいのではないか。

映画的には、あの方が盛り上がるのかもしれないけども。

 

主題歌 BeMyLast

宇多田ヒカル。

昔この映画を観たあとは、なによりこの曲の方がずどんと残りましたね。

ど暗いバラードです。

でもその絶望が美しい。

 

出だしが「母さんどうして」なんですよ。

「母さんどうして 育てたものまで 自分で壊さなきゃならない日がくるの」

出だしからあなたちょっと…天才か?

 

なんなんでしょうねこれ、「母さん」の重さ。

いろんな事情で「母親はいません」と言っている方がいたとしても

やっぱりいるんですよ。

自分を腹の中で育てた誰かが、何かが。

もはや「母さんどうして」は、

命の根源への絶望をはらんだ呼びかけなんですよね。

はあ。天才か。

 

「何も繋げない手 大人ぶってたのは誰?」とか。

 

「いつか結ばれるより 今夜一時間会いたい」とか。

このフレーズは、映画の二人も思わせます。

 

失恋でこの上なく暗い気分になると、この歌が浮かぶようになったのは春の雪のせい。

わたしの中の二大失恋鬱曲は、これと「誰かの願いが叶うころ」だと思っている。

カラオケに連れて行ってくれたら歌ってあげる。

 

とにかく救いのない話なので

鬱気分に浸りたい方はご覧ください。

竹内結子さんは美しい。(好み)

 

キャストの確認なんかで「春の雪」でぐぐってたら

宝塚の演目にもあったんですね。

なんかすごそう!!

 

 

 

ではね |ω°)ノ